通常国会「閉幕」 問われた民主主義のあり方と新たな動き
政策決定にエビデンス重視の手法導入
ところで、本年に入ってからの政治行政の動向は悪いものばかりではない。筆者が個人的に注目しているものに、「エビデンス(証拠)に基づいた政策立案」(evidence-based policy-making, 略称 EBPM)がある。これは、適切なデータと厳密な方法に基づき、政策オプションの効果や費用を分析し、政策を決定する際のエビデンスとする手法である。EBPMは、1990年代終盤頃より英国や米国を中心に広まり、各国政府の政策決定に取り入れられてきた。 これまでの日本の政策決定プロセスでは、しっかりしたエビデンスを構築し、それを根拠にして政策を決定しようとする姿勢が不足していた。ともすれば直感に頼ったり、関係者の要求に応えたりする形で政策決定が行われてきた。今回の裁量労働制データにまつわる不手際も、EBPM的な思考が欠けていたことの証左である。 しかし昨年頃より、日本にもEBPMを導入しようとする動きが進んでいる。少子高齢社会の到来を迎え、財政も逼迫する中で、政策資源はできる限り有効に利用しなくてはならないとの考えがその背景にある。昨年の「骨太の方針」(経済財政運営と改革の基本方針)において「エビデンスに基づく政策立案を推進する」と記されたことを受けて、現在、政府各省でEBPMの取り組みが進められている。 あまり報道もされず地味な存在だが、EBPMも民主主義の深化に貢献する。民主主義での政策決定が適切に行われるためには、政策の効果や費用に関するエビデンスに基づき、専門知識を持つ官僚が適切な政策選択肢を挙げ、民主的正統性を持つ大臣が責任を持って決定する、という仕組みが重要である。専門知識がなければ、国民のために真に有益な政策案を作り出すのは難しい。 例えば、ある目的を達成する際にどの政策手段を採用するのがもっとも効率的・効果的なのかといった分析は、統計学や経済学などの社会科学的手法を必要とするので、そうした手法に詳しい専門家の役割が不可欠である。その一方で、政策専門家が政策決定を独占するのも問題である。専門家の任務は「こうした政策を取るとその効果はこうなります」といった形で政策の選択肢を提供することにとどまる。そうした選択肢に基づき、民意を体現するべき政治家が決定の責任を引き受けなくてはならない。言い換えれば、専門性と民主主義の適切な関係が大事なのである。 今国会での反省を糧として、日本政治が民主主義を取り戻す方向に少しでも進むことを期待したい。
----------------------------- ■内山融(うちやま・ゆう) 東京大学大学院総合文化研究科教授。専門は日本政治・比較政治。著書に、『小泉政権』(中公新書)、『現代日本の国家と市場』(東京大学出版会)など