市川團十郎が“スピンオフ”を盛り込んだ『忠臣蔵』で四役早替りに挑む
2022年11月から2年にわたる襲名興行を終えた市川團十郎が、2025年の新橋演舞場お正月公演で新たに『双仮名手本三升(ならべがきまねてみます) 裏表忠臣蔵』を上演する。『裏表忠臣蔵』は、歌舞伎の三大名作のひとつ『仮名手本忠臣蔵』を“表”、「外伝、いわば“スピンオフ”です」(團十郎)の部分を“裏”として、七代目團十郎が天保4年(1833年)に大星由良之助を勤めて初演。今回はさらに現代ならではの視点を“裏”に盛り込み、石川耕士(補綴・演出)、藤間勘十郎(演出・振付)と共に創り上げる。11月21日、都内で制作発表が行われた。 【全ての写真】『忠臣蔵』で四役早替りに挑む市川團十郎 これまでも「古典の面白さを現代のお客様に感じていただけるように」と、古典作品の再構成に取り組んできた團十郎。同じく三大名作のひとつ『義経千本桜』は2019年に通し狂言『星合世十三團(ほしあわせじゅうさんだん)』として上演。2024年には再演も果たし、名作ならではの見どころはそのままに、メリハリの効いた筋運びや早替りで歌舞伎ビギナーからも好評を得た。 今回はどんな内容になるのか、まず「忠臣蔵への想い」を聞かれた團十郎は、「子どもの頃は『忠臣蔵』をやればどんなときでもお客様が入るというのが暗黙の了解でしたが、近年はそうではなくなっていますよね。大星由良之助が主君の塩冶判官を思う気持ち、そういう日本人の価値観が薄れているのも理由じゃないかと思っています」と、歌舞伎を取り巻く状況を分析。 「古典を古典のままに丁寧に表現することも大切なんですが、改めて考えてみると、何度も出演している私ですら『ここは理解しづらいだろうな』と感じるところが結構あります。たとえば劇中で新古今和歌集の歌が出てきますが(高師直が塩冶判官をいじめるきっかけとなる場面)、聞いてすぐに意味が分かる人は……なかなかいないですよね。そういうところなどもなんとか工夫したいなという気持ちがあります」と團十郎は語る。 歌舞伎の上演形態には、「通し狂言」(ひとつの作品を通して上演する)と、「見取り(みどり)狂言」(複数の作品の名場面や舞踊などを組み合せて上演する)とがあるが、現在の主流になっているのは後者。歌舞伎の知識がある人には嬉しい形態だが、初心者にとっては内容が分かりにくいという一面もある。その点、「通し狂言」なら一般の演劇と同じくストーリーを追っていけるので、初見でも楽しめるのがメリットだ。『忠臣蔵』は言うまでもなく大作だが、團十郎が「通し狂言」にこだわる理由はこんなところにもあるのだろう。 昼の部は第一幕の「鶴ヶ岡八幡社頭の場(大序)」から、第二幕「元の与市兵衛内の場(五・六段目)」まで。夜の部は第三幕の「祗園一力茶屋の場(七段目)」から、第四幕「花水橋の場(十一段目)」までを上演。團十郎は大星由良之助、早野勘平、斧定九郎、高師直の4役を演じ分ける。同じ場面に違う役で出ることもあり、早替りがどうなるのか見ものだ。また、由良之助は今回が初役となる。 「由良之助は勤勉で真面目、忠義の心もあるという“日本人”を代表する人物として演じたいです。今って、真面目に働いて仕事もきちんとやって、日々一所懸命に頑張っていてもなんだか報われない、頑張っただけの幸せがあまり感じられない……というところがあるじゃないですか。それでも私は、由良之助のように誠実で忠実な男は報われるという風にもっていきたいし、その分、七段目(討ち入りを敵方に悟らせないため、あえて一力茶屋で豪遊する場面)はよりリアルな表現にしようと思っています」と團十郎は話す。