「イタリア」を「伊太利亜」と 漢字で表記したくなる欲望から なぜ私たちは逃れられないのか
シチリアを漢字変換してみると……
イタリアという国名のみならず、かの地の都市や地域の名を漢字化した店名もあるんだろうなと思い立ち、取り急ぎグルメサイトを検索すると、ローマだのフィレンツェだのは見当たらず、シチリアが目立った。 この島の漢字表記には、獅子里、斯加里野、西西里、細細里、細々里、獅子利、西齊里亜、西齊利亜など、かなり揺れがある(これらは中国の例でしょうね)のだが、日本の飲食店はそれぞれオリジナルかつポエティックな文字を当てている。 「詩々里庵」(佐賀県鳥栖市/イタリアン)「七里屋茶房」(長野県飯田市/カフェ)あたりは業態からいってシチリアがネタ元のような匂いがする。しかし、「麺屋 七利屋」(神奈川県藤沢市/ラーメン)、「七里庵」(愛知県名古屋市/そば)となると、あんまりイタリアの島とは関係ないのかとも思えてくる……。下衆の勘繰りかもしれない。 勘繰りすぎといえば、東京の根岸に「美良乃」という店があったので、これはミラノだろうと当たりをつけたら、読みは「みよしの」だった。しかも日本料理店だった。 あと、デスクの上に積まれた未了のタスクから目を背けるようにしてこういうことばかり調べていると、世の中には「トリノ」と名乗る焼鳥屋が結構多いことを知る。
和製南イタリア料理の老舗へ
ああ、それにしても俺だってカプリ島あたりに取材に行きたかったよと今さら恨みがましく嘆息し、「カプリカプリカプリカプリ」と念仏のごとく陰気に唱えながら渋谷駅の東口、六本木通りと明治通りの間の界隈をうろついていると、こんな看板が目に飛び込んできた。 「カプリチョーザ」! 恐らく、70年代半ばぐらいまでに生まれた世代にとっては、イタリア料理との出会いの場となった店かもしれない。 個人的なメモワールを綴ることをお許しいただければ(ここまで、この記事においては個人的な感想以外の公益性を重んじたテキストはほぼ記されてないのだが)、南東北のとある寒村出身の筆者は、平成もごく曙の頃の上京直後、大学入学に先立つオリエンテーションに出席し、その流れで第二外国語のクラスの先輩らに連れられ、下北沢にあったカプリチョーザのテーブルについた。 忘れもしない、あの時に初めて食した大皿のカルボナーラぐらい、それまでの自分の価値観をまるごと引っくり返すような美味には、その後あまりお目にかかっていない。何しろ、カルボナーラというパスタの名前すら、その時初めて知ったのだから。 俺の故郷がずいぶんな田舎だったという理由もあるかもしれないが、当時、自分が知っていたパスタのメニューといえば、ナポリタンとミートソースぐらいだったと記憶している。だいたい、パスタなんて言葉は知らず、スパゲッティとだけ呼んでいた。恐らくその状況は、都会で生まれ育った同年配の人間であったとしても、さして変わらないのではないか。 こないだ、東横線に乗っていたら、3歳ぐらいの子どもが「リングイニ!」と叫んでいるところに出くわし、この幼さでそんなパスタの名前まで知っているなんてさすがに東京の子どもは違うなあと感心したのだが、続いて「レミー!」とも言っていたから、どうやら、アニメ映画『レミーのおいしいレストラン』を観たばかりで、登場人物の役名を口に出しているだけのようだった。 なお、筆者の長男も、4歳の頃に「お父さん、ミケランジェロとラファエロが……」とか言い出して知人を驚かせたことがあるが、別に美術に関する情操教育を施していたわけではなく、その前日に『ミュータント・ニンジャ・タートルズ』のDVDを観て、その亀のキャラクターの名前を挙げただけであった。 それはいいとして、本題はカプリチョーザである。看板に誘われ、カプリチョーザ渋谷本店のエントランスにたどり着いたら驚いた! ……「華婦里蝶座」という朴訥な文字が彫られた巨大な看板が、俺を待ち受けていた。 カプリチョーザに漢字表記があったとは知らなかった。スマホでこのチェーンの公式ウェブサイトを調べてみたら、確かに、「株式会社 伊太利亜飯店 華婦里蝶座」と記されている。これが、法人としての正式名称らしい。 企業情報を見たら、事務所所在地はこの本店から近い。行ってみるか。 確かに、ビル入り口のテナント表示には「株式会社 伊太利亜飯店 華婦里蝶座」とある。しかし、振り仮名は「カプリチョーザ」じゃなくって「カプリチョウザ」なのね。編集者なので、こういうところが気になる。 ということで、南イタリアを特集したCREA Traveller最新号は、現在、仏恥義理で好評発売中です。夜露死苦! 愛羅武勇! ヤング(やんぐ) 元CREA WEB編集長、現CREA Travellerスーパーバイザー。特技は要潤の物真似。
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