地下鉄で火をつけられた女性を、焼け死ぬまで「誰も助けず携帯で撮影した」事件がえぐり出すNYの恥部
<制服の警察官さえが全身を炎に包まれた女性の横を通りすぎる異常な無関心は、ニューヨーカーのトラウマになっている約60年前の事件の記憶を甦らせた>
ニューヨーカーには、半世紀以上経った今もトラウマになっている事件がある。1964年にクイーンズで28歳のバーテンダー、キティ・ジェノビーズが自宅アパートの外でレイプされた上に刃物で刺されて死亡した事件だ。 【閲覧注意】【画像】警官はただ通り過ぎた? 最悪だったのは、犯人は30分以上にわたってジェノビーズを暴行し続け、30人以上の人がそれを目撃したり悲鳴を聞いたりしていたのに、一人の隣人を除いて誰ひとりとして警察に通報せず、助けにも行かなかったことだ。 後に複数の当局者がこうした報道に異論を唱え、実際には目撃者の多くが警察に通報しようとしたと述べたが、自分以外にも事件の傍観者が多数いる場合、誰も行動を起こさなくなるという「傍観者効果」は、忌むべき記憶として定着した。 この悪夢が現代のニューヨークに甦った。12月22日、停車中の地下鉄車内で男が女性客に火をつける事件が起きた。男は生きたまま焼かれる女性の様子を冷然と眺めていたという。 インターネット上に投稿された事件の動画には、この男だけでなく、現場に居合わせた複数の乗客、そして少なくとも1人の警察官が、誰ひとりとして女性を助けようとせず、何事もなかったように歩いていったり、辺りをうろうろと歩き回る様子が映っていた。 炎に包まれ立ち尽くす被害者 ジャーナリストでジョン・F・ケネディ元米大統領暗殺事件に関する書籍を執筆したことで知られるジョン・ポスナーは、ソーシャルメディア上に投稿されたこの「きわめて不快な動画」について、「現代版キティ・ジェノビーズ事件」だと称した。 ニューヨーク市警察のジェシカ・ティッシュ本部長は、男は落ち着いた様子で眠っていた女性に歩み寄ると、ライターを使って彼女の服に火をつけたと説明。女性は「ものの数秒で炎に包まれた」と述べた。 ソーシャルメディア上では、事件発生当時の様子を撮影した複数の動画があっという間に拡散された。全身を炎に包まれた女性が地下鉄の扉のところに立ちつくし、周囲にいる人々がそれを眺め、一部の人が携帯電話で女性の様子を撮影している。 火を付けた男が衣服を手に女性に近づき、それで火を消そうとするどころか、さらに炎をあおる様子も見て取れる。警察がまだ身元を明らかにしていない被害者の女性は亡くなった。 事件の翌日、グアテマラ出身の不法移民、セバスチャン・ザペタ容疑者が逮捕され、第一級殺人と放火の罪で訴追された。警察は事件について、特定の人物を狙ったものではないと説明している。 動画を撮るよりましな行いを 動画の中で炎に包まれた女性を助けることなく、その横を歩いて通り過ぎていく様子が捉えられていた警察官についてコメントを求めたところ、ニューヨーク市警は23日の記者会見で説明すると述べた。 ニューヨーク市警のジョセフ・グロッタ交通局長はその23日、問題の警察官の対応は適切だったのかという質問に対して、「彼の同僚の警察官らが地下鉄の職員を呼びに行き、消火器を持ってきて、最終的には火を消し止めた。彼は自らの職務を完璧にこなした」と述べた。 それでもポスナーは、周囲にいた人々がなぜ火を消そうとせずにこの恐ろしい光景を撮影していたのか、問題の警察官はなぜ、せめて上着を脱いで火を消そうとはしなかったのか疑問を呈した。 ポスナーは、同じ状況に置かれた場合に自分がどうするのかは分からないと認めた上で、今回の事件は「社会の無関心にどう対処すべきかを問い直す重要な分岐点になるかもしれない」と述べ、こう続けた。 「誰もが英雄になれないのは分かる。だが目の前で起きていることをただ録画しているよりもましな行いはあるはずだ」
キャサリン・ファン