飛躍した発想を可能にする「SFプロトタイピング」、生成AIを活用するとガラリと変わる
「新しい本」の可能性を探求し、プロトタイプ制作を行った東京大学大学院情報学環「講談社・メディアドゥ新しい本寄付講座」。そこで行われたワークショップで判明した課題を踏まえ、生成AIを活用したSFプロトタイピング(未来からバックキャスト[逆算]する発想法)の設計を行ったのが、現代アートを扱うMiaki Gallery代表で現在東大情報学環の博士課程に在籍中の楊欽(Kevin Yang)氏だ。「新しい本」自体をつくるというより、そのような「新しい○○」を構想する方法論を探究しているケビン氏に、生成AIを使って飛躍した発想をするためのポイントを訊いた。 【写真】「低所得家庭の子ども」3人に1人が「体験ゼロ」の衝撃!
飛躍した発想を可能にする「SFプロトタイピング」をもっとカジュアルに
「SFプロトタイピング」とは、サイエンス・フィクション的な発想を元に、まだ実現していないビジョンのプロトタイプを作り、他者と未来像を議論、共有するためのメソッドだ。フューチャリストのブライアン・デイビッド・ジョンソン『インテルの製品開発を支えるSFプロトタイピング』で注目され、日本でも企業や自治体が従業員向けの研修に採り入れ、SF作家に未来の社会や生活を描いた作品制作を依頼する動きが広まった。ケビン氏が注目したのは (1)既存のSFプロトタイピングのワークショップではSF作家のような専門家がいないと成立しないが、そこがボトルネックになって普及が滞っている (2)ストーリーテリングや文章執筆に慣れていない参加者は初期フェーズに時間が取られ、もっとも重要な発想を飛躍させるフェーズや最終的なアウトプット制作が尻すぼみになりやすい といった課題だった。それらの課題を生成AIで解決しよう、と。
AIの作るものはつまらないが、遠慮せず批判できる叩き台をすぐ作れることに価値がある
……ここまで聞いて、ChatGPTなどを使ったことがある多くの人が「生成AIにアイデアを出させても、SF的な飛躍とはほど遠い、無難なものしか出てこないでしょ」と思っただろう。 だが「それでかまわない」とケビン氏は言う。「AIの作るものは最終的なアウトプットとして捉えるとたしかにつまらない。ですが『壁打ち』相手としては優れています」(ケビン氏) SFプロトタイピングのワークショップで時間がかかる部分に「みんなで出し合ったキーワード、タグから共通の世界観を作る」ことや、「世界観をもとにストーリーを文章化する」ことがある。各人のキーワードをつなげてアイデアをまとめ、一貫した物語を立ち上げるために、SF作家などの専門家のサポートが必要になってきた。しかし、ChatGPTに「AとBとCをキーワードにした物語を作って」などと投げれば、とりあえずのものは即座に作ってくれる。 「人間相手だとグループの誰かのアイデアを批判することは嫌がられますし、遠慮もしますよね。『誰かに何か否定的なことを言われるかも』と思っていると、アイデアを出したり、まとめ役を買って出たりすることに対して萎縮してしまう。でもAIに対してなら、みんな好き放題言えます。気を遣わなくていい相手がいるとネタ出ししやすくなるんです」 人間はAIには気を遣わないし、AI側も人間に対して気を遣わない。たとえば、よくあるブレストやグループディスカッションでも、複数人の参加者のなかで誰の意見をどのくらい採用するのかに関して公平性が保てないとか、参加者間の年齢やポジションによる人間関係が反映されてアウトプットがゆがむ、といった問題が生じる。結果、モチベーションが低下するメンバーが出ることもある。SFプロトタイピングのワークショップでも、未来を構想する際に「現在から一歩先の未来」を考えるタイプと「ぶっ飛んだ発想」をするタイプで衝突し、口論になることもあるという。しかしAIは「これとこれとこれをキーワードに使え」と指示すると、すべての意見を平等に拾って一貫性あるストーリーを作る。 「ただこれはブレストでもそうですが、AIも情報をたくさん与え、全員の意見を集約するほどに平凡になっていきます。グループワークでは、だんだんアイデアが尖らなくなっていくのは当たり前なんですね。でもAIが叩いてもいい土台を作ってくれることで『これだとつまらないから、こうした方がおもしろい』『ここから先は人間が考えた方がいい』という基準ができる。本当に掘り下げたいなら、そこから個々人で持ち帰ってアウトプットを作るほうがいい」