テスラ株は急騰中だが…トランプ・インフレが招く金融危機、株価は暴落し商業用不動産は相次ぎ破綻か
■ 長期金利を上昇させる巨額財政赤字と不法移民の強制送還 米議会予算局(CBO)は11月8日「今年度の米連邦政府の赤字は1兆8340億ドル(約275兆円)に達する」との推計値を公表した。歳出が急増したコロナ禍以降で最大となる見通しだ。 トランプ氏の公約が実現すれば、今後10年間で7.5兆ドル(約1100兆円)の財政赤字の要因になると見込まれており、米国債の大量発行により長期金利が急上昇する可能性は排除できなくなっている。 長期金利の上昇圧力はさらにある。トランプ氏が公約の目玉として選挙中に繰り返し主張してきた「不法移民の大量強制送還」だ。 トランプ氏は既に不法移民の大量送還の準備を進めており、大統領就任直後にこの問題に着手するというのが一般的な見方だ。 メキシコとの国境沿いでは早くも変化が生じている。 11月7日付ロイターは「米国への移民を目指してメキシコを移動している数千人規模のキャラバン隊が当初の半分程度に縮小した」と報じた。トランプ氏の勝利で多くの移民が米国への移民を断念したことの表れだとみられている。 不法移民の減少は米国民の望むところだが、深刻な副作用も覚悟しなければならない。 CBOの推計では、2020年末以降に900万人以上が合法または非合法な形で米国に移住している。移民の流入により、米国の人口増加率は現在、年間1.2%程度だが、移民の流入がなければ、出生率の低下により0.2%にとどまる計算となる。 移民の平均年齢は米国人よりも低く、生産年齢人口(15~64歳の人口)が占める割合も78%と、米国人の60%よりも高い。 日本ほどではないものの、高齢化が進む米国にとって貴重な労働力となっている移民の流入が大幅に減少すれば、労働力不足に起因するインフレが起きることは間違いない。
■ 商業不動産向け融資のデフォルトが金融危機の引き金か 連邦準備理事会(FRB)の利下げのペースが鈍化し、構造的なインフレ懸念を意識して長期金利の上昇トレンドが続く可能性は十分にある。 長期金利の上昇が株価に悪影響を与えるのは言うまでもない。イーロン・マスク氏が率いるテスラなどトランプ氏返り咲きの恩恵を受けると見られている「トランプ銘柄」は急上昇しているものの、どこかのタイミングで「暴落」する可能性も否定できない。 米国の時価総額は名目国内総生産(GDP)で割った値は9月末時点で約2倍と過去最高となっている。「割高感が高まっている」との声で出ており、長期金利が上昇すれば、大幅な調整局面となるとのシナリオも現実味を帯びてくる。 筆者が最も懸念するのは米商業用不動産へのダメージだ。 コロナ禍以降、米国で在宅勤務が急速に普及したことが災いして、オフィス需要の不振が続いている。特に古い物件ではテナント離れが進み、「空き」が埋まらない状況が続いており、大幅なディスカウント価格で売却される事例が相次いでいる。 格付け会社ムーディーズは「2026年までに米国の全オフィススペースの4分の1近くが空室になり、商業用不動産の価値が2500億ドル(約38兆円)減少する」と試算している。金融機関は商業用不動産融資を絞り始めているが、ニューヨーク連銀は10月23日「商業用不動産融資が金融システム全体へのリスクを増大させている」と警告を発している。 ブルームバーグによれば、商業用不動産の所有者は2025年末までに1兆5000億ドル(約225兆円)相当の債務が返済期限を迎える。その4分の1は借り換えが困難とされる。 長期金利が上昇すれば、借り換えが困難となりデフォルトする案件がさらに増加する。金融機関の連鎖倒産、最悪の場合、金融危機が発生する可能性もあるだろう。 トランプ氏が所有する商業用不動産にもオフィス不況の波が押し寄せてきている。 自らの施策が招く長期金利の上昇が仇となって「虎の子」の資産が毀損(きそん)する事態となれば、これほど皮肉なことはないのではないだろうか。 藤 和彦(ふじ・かずひこ)経済産業研究所コンサルティング・フェロー 1960年、愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。通商産業省(現・経済産業省)入省後、エネルギー・通商・中小企業振興政策など各分野に携わる。2003年に内閣官房に出向(エコノミック・インテリジェンス担当)。2016年から現職。著書に『日露エネルギー同盟』『シェール革命の正体 ロシアの天然ガスが日本を救う』ほか多数。
藤 和彦