ジャパネット含めた「三者協議」へ 長崎スタジアムシティ建設現場で見つかっていた外国人捕虜収容所の被爆遺構
長崎スタジアムシティの建設工事中に見つかった「外国人捕虜収容所」の被爆遺構を長崎市が保存しなかったことについて、22日に開かれた市の「原爆被災資料審議会」で、委員から「審議会で議論すべきだった」との声が上がりました。この問題については今後、保存を求めている市民団体と長崎市、そして所有者のジャパネットが顔を揃える「三者協議」が行われることになっています。 【写真を見る】ジャパネット含めた「三者協議」へ 長崎スタジアムシティ建設現場で見つかっていた外国人捕虜収容所の被爆遺構 見つかっていたのは、当時「三菱重工業長崎造船所幸町工場」の敷地内にあった「福岡俘虜収容所第14分所」のレンガ積みの基礎の一部です。 爆心地からおよそ1.7キロのこの場所には、ことし10月ジャパネットホールディングスが約1,000億円を投じた大型複合施設、「長崎スタジアムシティ」が開業しています。 長崎市によりますと、建設工事が進んでいた2022年3月、「レンガやコンクリートの構造物があった」とジャパネット側から市に連絡があり、学芸員らが現地を確認した結果、「福岡俘虜収容所第14分所」の基礎の一部であることが確認されました。 しかし市は、戦後の土地利用で大幅に削り取られた状態でしか残存しておらず、「すす」や「ひび割れ」など被爆の痕跡もない、などの理由で「保存対象にあたらない」と判断、市民にも公表しておらず、開業を2か月後に控えたことし8月、報道をきっかけに公になりました。 ジャパネット側は市の判断に基づき、「再利用および廃棄物として適切に処理した」としています。 被爆遺構の保存対象などについて審議する「長崎市原爆被災資料審議会」の22日の会合では、委員から「(見つかった時点で)審議会で議論すべきだった」「オランダ人捕虜の遺族は毎年のように慰霊に訪れている。もっと丁寧に扱うべきではなかったのか」などの意見が出されました。 これに対し長崎市は、被爆遺構の存在が分かっていなかった1990年代の審議会で「保存対象にあたらない」との判断が示されていたことも上げた上で、「被災資料審議会の意見を聞くものでもないだろうということで、おはかりしていない」「適切に処理したと考えている」などと述べました。
「福岡俘虜収容所第十四分所」には、被爆当時、オランダ人やイギリス人、オーストラリア人、アメリカ人など約400人が収容されており、60人~80人が即死、200人余が重軽傷を負ったと記録されています。(「長崎原爆戦災誌」より)※原爆死は8人という記録もあり、詳細は分かっていない 市民団体は「福岡俘虜収容所第14分所」があったことを示す「説明板」などの現地設置を求めており、審議会とは別の場で、近くジャパネットも含めた三者協議が行われることになっています。
長崎放送