西日本新聞　社説

　石破茂首相が政権運営の基本に据える「国民の納得と共感」を欠いたまま、防衛政策を転換してはならない。 　首相は自民党総裁選まで、得意とする安全保障政策を積極的に発信していた。首相になった途端に持論を封印し、所信表明演説や党の公約でも触れなかった。 　国内のみならず、関係国からの反発や外交への悪影響に配慮したようだ。それほど安全保障に関する首相の考えは刺激が強い。 　その象徴がアジア版NATO（北大西洋条約機構）を創設する構想だ。9月下旬に米国の政策研究機関への寄稿で言及している。 　「アジアにはNATOのような集団的自衛体制が存在しないため、戦争が勃発しやすい」との見解を示し「中国を西側同盟国が抑止するためにはアジア版NATOの創設が不可欠」と主張した。 　欧米のNATOはロシアを「敵国」とする集団安全保障体制、軍事同盟だ。加盟国のどこかが攻撃を受けたら、全加盟国が集団的自衛権を行使して反撃する責務を負う。 　憲法で不戦を誓った日本では、集団的自衛権を行使する場面は限られる。アジア版NATOに参加するには憲法改正が必要だ。 　とても国民の賛同が得られるとは思えない。 　防衛省や自民党でも異論や慎重論が多い。米国の評価も芳しくなく、当局者は「非現実的」とみている。 　首相の外交初舞台となった東南アジア諸国連合（ASEAN）からも「念頭にない」「巻き込まれたくない」といった拒否反応が伝わる。 　構想を棚上げするのは当然だ。アジアに波風を立て、緊張を高めるべきではない。 　米国の反発を懸念してか、総裁選公約にあった日米地位協定の改定も引っ込めた。 　寄稿は核共有にも踏み込んでいる。「中国、ロシア、北朝鮮の核連合」への抑止力として「米国の核シェアや核の持ち込みも具体的に検討せねばならない」と記した。 　これが核兵器なき世界の実現を主導する戦争被爆国の首相の言葉だろうか。国是とする非核三原則と相いれない。日本が批准している核拡散防止条約（NPT）に抵触する可能性もある。 　将来、持論の封印を解く可能性がないとは言えない。首相は自民党の小野寺五典政調会長に対し、アジア版NATOを議論する新組織の設置を指示した。 　警戒が必要なのは、時の政権が異論に背を向けて強引に進めることだ。過去にも例がある。 　岸田文雄政権でいえば、安保関連3文書の改定だ。反撃能力（敵基地攻撃能力）保有など安保政策の大転換を、国会審議を経ずに閣議決定だけで済ませた。 　安保、防衛政策を数の力で変容させるのは言語道断だ。