東京ヴェルディ歴代最高助っ人は? 出場試合数ランキング1~10位。クラブの歴史を築き上げた外国籍選手たち
3位:ペレイラ(ブラジル)
生年月日:1960年3月6日 Jリーグ通算出場数:125試合 在籍時期:1992-95 ペレイラは、Jリーグ創設期のヴェルディ川崎で大活躍した助っ人だ。3シーズンでリーグ戦125試合に出場している。 センターバックのペレイラは、強靱なフィジカルやカバーリング能力の高さを武器にチームの守備を引き締め、最終ラインで圧倒的な存在感を放った。強烈で精度の高い左足のフリーキックも魅力で、1995シーズンは6得点を挙げている。 ペレイラは93、94シーズンとJリーグのベストイレブンに選出された。94シーズンはMVPも受賞しており、ヴェルディの黄金期を築いた立役者の一人であることに疑いの余地はなく、クラブ史上最強の助っ人DFと言っても過言ではない。 ペレイラはその後、北海道コンサドーレ札幌でも活躍した。Jリーグが誕生したばかりの日本サッカー界に、大きなインパクトを与えた外国人選手だ。
2位:ビスマルク(ブラジル)
生年月日:1969年9月17日 Jリーグ通算出場数:137試合 在籍時期:1993-96 東京ヴェルディの歴史で2番目に多い出場記録を持つ助っ人はビスマルクだ。Jリーグが開幕した1993年に加入し、96シーズンまでプレーしている。 ブラジル人のビスマルクは、スター軍団だったヴェルディの中でもトップレベルのテクニックを誇り、鋭いスルーパスで相手のディフェンスラインを切り裂いた。得点能力も高く、ゴールを決めたあとにひざまずいて祈りを捧げるポーズは、当時多くのサッカーファンが真似をしたものだ。94年と95年はJリーグベストイレブンに選出されており、Jリーグ創設時代のスター選手の一人だった。 ヴェルディの攻撃の中心だったビスマルクは、一般的なブラジル人のイメージとは異なり、物静かで真面目な性格。それも日本という環境に合っていたのか、96年にヴェルディを離れたあとは鹿島アントラーズでもプレー。2002年にブラジルに戻ったが、その後03年にヴィッセル神戸に加入し、日本に戻ってきて現役を引退している。