男子レスリングはグレコに続きフリーでもリオ五輪出場枠ゼロ。惨敗理由は?
なぜ、日本男子は、世界から取り残される戦い方をしてしまったのか。それは日本が古いルールのセンスで、日本人が展開しやすい試合運びばかりをトレーニングしてしまったからだ。 五輪競技から脱落する危機を経験したレスリングは、以前に比べて、より試合終了まで攻撃し続けることが評価されるルールに変わった。大きな技をかけた選手、最後に得点した選手に勝利の権利を与えている。相手のミスを狙って攻めないような選手には、フリーでは、アクティビティタイムという攻撃を義務づけられる時間が設定されて得点できないと失点するし、大きな投げ技の出やすいパーテールポジションでのポジション取りを狙って得点を得ることは、ほぼ不可能になった。 それ以外にも、ポーズだけでなく本当に攻める動きを見せている選手を評価する機運が高まっている。相手のミスを誘って、守るだけで勝つことが可能だった過去10年で施行されていたルールとは、かなり違う考え方が基本になった。 気づけば、この世界潮流に日本男子は乗り遅れてしまった。これまでの日本は、そういう落差を埋めるために海外遠征を実施し、世界の試合映像などの情報集めと分析を盛んに行ってきた。そして日本人が欧州中心に行われるレスリングという競技で勝つための工夫を凝らしてきた。ところが、情報や分析を実践に落とし込むプロセスが、ロンドン五輪後に少し弱まっている。 五輪の年の年末には、次の五輪へ向けた強化体制が整い発表されるのが恒例だった。アテネから北京へ橋渡しするときは「異例のこと」という注釈付きで同じ強化スタッフを4年延長すると発表された。北京からロンドンへ向かうときには、練習の強度を計画的に上げる方針を貫き、効果的な海外遠征に工夫を凝らした。 しかし、ロンドンからリオデジャネイロへの体制移行は難産だった。フリースタイルの監督が決まらず、男子レスリング全体の強化体制が定まらないまま約1年を過ごした。現在の強化スタッフが固まったのは2013年。欧州から遠いハンデを強化の内容でカバーしてきた日本にとって、1年のロスは大きい。 とはいえ、もう過ぎてしまったことは取り返しがつかない。まだ五輪出場枠を獲得するチャンスは、まだ来年の3月から5月にかけて行われるアジア予選などの3大会に残っているのだから、これらを未来への糧として努力を積むしかない。日本が得意な創意工夫と勤勉さの合わせ技で、きっとこの難局も乗り切れるはずだ。