「9・11同時多発テロはなかった」 気付けばとりこになる“あまりにもよくできた”陰謀論(中川淳一郎)
イスラエルがシリアに侵攻しましたが、この国が何かをするとネット上が陰謀論で盛り上がる傾向にあります。ディープステートだのフリーメイソンだのユダヤマネーだのといった言葉が飛び交う。 【写真をみる】20ドル札は「9・11」を予想していた!?
陰謀論は話半分に聞いておけばいい、と思ったのですが、あまりにもよくできた話であることが多く、新たな信者を作り出してしまう。「9・11同時多発テロはなかった」「ハワイの山火事では、青い壁にしていた富裕層の家は焼けなかった」「能登半島地震は人工地震」といったことを根拠とともに熱く語られるのです。 昔、スナックで隣り合った男性がこの手の話を自信たっぷりに語っていました。しかも、それ用の小道具まで出して。一つは20ドル札と同時多発テロを巡るもの。札を横に向け、半分に折って紙飛行機を作ると、世界貿易センターが燃える図柄が浮かび上がる。裏にはペンタゴンが燃える図柄が見える。さらに、別の折り方をするとウサマ・ビンラディンを表す「OSAMA」の文字列が現れる。20は「9+11」である。よって、20ドル札は9・11を予想していたのだ! 続いて彼はタバコのマルボロを出す。パッケージには「K」に見える図柄が三つ。これは白人至上主義団体のKKK(クー・クラックス・クラン)を表す。箱を180度ひっくり返し、Marlboroの文字列を上半分隠すと、Mの縦線部分2本が出てきて、これは木につるされる黒人を表すそうです。lとbは地面に立つ白人だと言います。続いて「しかもだね、この真ん中に2本脚で立つ2頭の馬の脚部分の空白は白い頭巾のように見え、これはKKKの頭巾なのですよキミィ!」
私はすっかり彼の漫談というかプレゼンのとりこになり、ゾワッとするとともに、この話を誰かにしたくなってしまったのでした。まあ冷静になると後付けでうまい話を誰かが作りそれを彼が紹介した、ということだと思いますが。ハワイの「青い壁」については、アニメ「ザ・シンプソンズ」で火事が発生した後、青いモノだけが燃えずに残っていたシーンがベースにあり、ハワイで焼け残った青い壁を関連づけたということでしょう。 陰謀論といえば、2018年には元号を巡り日本でも発生しました。当時、各メディアは元号を予想する企画を展開していましたが、歴史学者らが「安」の文字を挙げるわけです。さらに「年号ワイン.com」というサイトが新元号を予想するキャンペーンを行ったところ、トップ10では1位の「安永」に始まり「安」は6件入りました。すると、反安倍政権派が「独裁者の安倍晋三に対する忖度だ!」とネットで大騒ぎ。 結局「令和」になりましたが、これに対しても「国民はアベの命令を聞け、ということか!」とまた不満が噴出。アベ憎しでもそりゃこじつけでしょう、と私もこの騒動に便乗。ツイッターで「令和はローマ字でREIWA。これはReturn to the Era of Imperialism With Abe、を意味する。アベと共に帝国主義の時代に戻ろう、ということだ」と書きました。 当然フザけて書いたのですが、これがまさかのネットニュースに掲載されるというトホホな事態を思い出しました。
中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう) 1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。 まんきつ 1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。 「週刊新潮」2024年12月26日号 掲載
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