『SHOGUN』前夜の物語。マンガ『センゴク』で知る戦国時代のド迫力のリアル
戦国時代を生き延びる方法
主人公は美濃国(現在の岐阜県)に生まれた仙石権兵衛秀久(せんごく・ごんべえ・ひでひさ)。歴史上、実在した大名であり『センゴク』のストーリーは史実にのっとって展開する。 彼は大きな戦いの主役になったことはなく、政治的に大きな役割を担うこともなかった。戦場の勇者ではあったが指令の聞き漏らしなど「うっかりミス」も多かった。もし彼が17世紀に出頭したサムライであれば、ごく早期に失敗の責任を取らされ、切腹して果てていたことだろう。しかし時代は16世紀。戦国時代の渦中だった。 仙石権兵衛は、おびただしい失敗をしでかしたが、しかしそれでも折れない。折れそうになっても踏ん張る。どんな窮地でも生を諦めず、がんばる。失敗もするが、それ以上の功績をあげて、彼はついに大名にまで上り詰め、「誰よりも失敗を挽回してきた男」となった。 もともと斎藤家の家臣だった彼は、敵将である織田信長《ドラマ『SHOGUN』では黒田信久 。以下同様》に見出され、史実の通り、信長の部下、木下藤吉郎《太閤(たいこう)》の部隊に配属される。 木下藤吉郎はもともとサムライ階級ではなく農民の出身。しかし信長に能力を認められ、織田家の武将のひとりとなっていた。 そもそも信長の織田家の格も決して高くはない。彼自身も実力で領土を獲得し、戦国大名としてのし上がった人物だ。地位が高くても無能な人物は排除され、実力のある者に取って代わられる。これこそが「下克上」と呼ばれるムーブメントであり、当時のサムライたちの行動原理だった。
日本統一を目指したカリスマ
歴史上の信長は戦乱の時代にあって、日本の統一を目指した人物。その性格は複雑で、ヨーロッパ史であれば神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世のようなパーソナリティーを持っていた。鉄砲などの新兵器もいち早く取り入れ、兵農分離を進める。経済政策にも優れ、国際的な視野も持っていた。また芸術的感性にも秀で、「茶」の持つソフトパワーを自らの日本統一事業に利用する。 そして中世的な迷信にとらわれない合理主義者でもあった。彼に接した宣教師、ルイス・フロイスは信長について「魂の不滅も、死後の審判も信じていない」と書き記している。 天皇や将軍、そして宗教などの古い権威は眼中になく、一度は利用した将軍を追放し、自分に反抗した宗教勢力は信徒も含めて焼き打ちにしてしまう。 『センゴク』ではそうした信長の姿を、圧倒的なカリスマであると同時に、人間関係の繊細な配慮はできない「不器用な人物」として描いている。 その信長に対して反乱を起こした武将が明智光秀《明智仁斎》。彼もまた代々の家臣ではなく、能力を評価されて重用された武将だったが、突如、信長を襲撃して殺害する。結果、光秀は王殺し「キングスレイヤー」となり、日本史上もっとも有名な反逆者として名を残すことになった。 この光秀の娘が細川ガラシャであり、ドラマの鞠子だ。彼女の夫は細川忠興《戸田広勝》という武将で、有能な軍人、さらに優れた文化人でもあったが、ガラシャの父が信長を殺したことで彼らの「宿命」は大きく変わる。 サムライが主君を変える権利は認められていた。複数の主君を持つこともアリだった。しかし、契約関係にある主君を裏切るのは、この時代でも不名誉。ましてや光秀が裏切ったのは日本統一を目指す巨大なカリスマだ。忠興は本来、保身のためには妻を殺すしかない立場にあった。しかし山奥に幽閉することで彼女を救うのだが、その愛情はゆがんでいた。 彼女の姿を見たというだけで庭師を殺してしまい、その首を妻に見せる。しかしガラシャは平然と食事を続けたというエピソードが、歴史に残っている。ふたりの関係は冷え切っていた。そうした境遇からの救いを求めたのだろうか。彼女はキリスト教に帰依し、ひそかに洗礼を受ける。後に人質として大阪城に留め置かれるが、忠興の命令で脱出することは許されず、死を選ぶことになった。