自民党総裁選と「はだしのゲン」をつなぐ不等式
ピケティは、18世紀以降の、古今東西様々な社会の莫大な統計を駆使して、r>gが、資本主義における普遍的経験則であることを立証していく。『21世紀の資本』はかなり分厚い本だが、ほとんどは立証過程の記述に費やされている。 ●不等式が逆転し「r<g」となる状況とは つまり、この本は、過去の統計を精査し、整理し、現実の中から普遍的真理を見いだしている。立証の過程は自然科学的であって、理工系出身の私にとっては、非常に読みやすかった。 ピケティは、この式が逆転する状況もあると指摘している。どんな状況か。恐ろしいことに、r<g となり社会における経済格差が縮小するのは戦争の時期だ。 戦争があると富裕層がため込んだ資産が破壊される。また、政府が戦争遂行のために厳しい累進税制を採用して富裕層の資産を吸い上げ、それが社会全体に循環する。制度はそう簡単に変えられないので、戦後しばらくは累進税制の下に高度の経済成長が続く。が、そのうちに富裕層の不満から累進制は緩められ、またも格差が拡大し始める。 『21世紀の資本』を読んだ後、私はピケティに対する反論をずいぶんと探した。が、この本でピケティが展開する議論に迫る反論は見つからなかった。枝葉末節に対する泡のような反論はあったものの、「いや、ピケティの示すこの根拠はこういう理由で間違っているから、r>gは成立しない」というしっかりとした反論を見つけることはできなかったのだ(もし知見のある方がおられたら、ぜひお知らせいただきたい)。 ということで、以下は「r>g」という経験則が正しいという前提でのお話になる。これが正しいとなると、平和が保たれている状況で、金融資産を持つ層と持たない層との格差は自然と拡大していくことになる。どんなに真摯に働いても、労働では埋められない溝なのだ。 私たちは、格差が拡大した社会がどんなに悲惨なものになるかを、いくつかの国の実例をもって知っている。格差拡大を防ぐには、累進課税を採用するしかない。経済成長以上の速度で膨れ上がる金融的収益を、累進課税で政府が回収するわけである。 ところで消費税は、累進性ではなく逆に低所得者層に重い逆進性を持つ。 すると結論は「消費税のような逆進性を持つ税は、格差を拡大する。格差の拡大は社会を破壊し、国を滅ぼす」とならざるを得ない。 こう書くと、必ず「では、なぜ高い消費税を課している北欧諸国などが破滅しないのか」という質問が来る。答えは簡単で、高福祉で還元しているから。 国民全員から等しく消費税を集めて、その全額以上を国民に福祉の形で均等に還付するなら、格差を拡大するという消費税の逆進性は消える。 ただし、「消費行動にかかる罰則金」という性質は残るから、高い消費税率で高福祉を実現すると、国民が消費しない、奇妙に活力が失われた社会になる。 ●累進課税を緩めて何が起きたか だからもっと良い方法がある。消費税をはじめとした逆進性を持つ課税を廃止し、累進課税一本にすればいいのだ。 なんのことはない。これは高度経済成長期の日本の税制である。 戦後の強力な累進税制の下で、日本は経済成長を達成した。 1974年の段階では、所得税は19段階の累進制で最高税率は75%だった。住民税もまた累進性を採用していて、最高税率は18%だった。合計の最高税率は93%だ。最高レベルの所得を申告すると、課税の対象となる所得のうち実に93%が税として徴収されていた。大変に強い累進性を持つ所得税が課せられていたわけだ。 現在、所得税の最高税率は45%、住民税は一律10%となっているので、所得税と住民税を合わせた所得に対する最高税率は55%。つまり、74年と現在では、最高層の所得を得る者は38%も減税されている。 それでは相続税はどうか。所得税には、同時代における貧富格差を是正する機能があるのに対して、相続税には世代間の貧富格差を是正する役割がある。 相続税率は、1988年には相続額5億円から最高税率70%が適用されていた。それが徐々に減税されて、2003年には相続額3億円から最高税率50%となった。最高税率は20%も減税されたわけである。なお、1988年に相続額3億円なら65%がかかっていた。2013年に「資産再分配機能を回復させるため」という名目で、最高税率は6億円から55%に引き上げられたが、1988年と比べると15%引き下げられたままである。