銀座『黒革の手帖』のリアル 第3話 半狂乱のバブル期、この街で生き延びて
銀座で長く店を続ける秘訣は、やはり「人」
銀座で約40年。長年に渡り商売を続ける秘訣は、やはり「人」なのだとか。これまで、さまざまな客に親しまれてきた。大相撲立行司の30代式守伊之助も、築地の寿司屋で食事をし、4年ほど前に亡くなるまで、毎晩のように佐藤さんの店を訪れたという。 「ママの店に行くと式守伊之助さんに会えるよ、とかね。割とそういうことがありましたね。でも私が歳をとるとともに、お客さんも歳とって。だいたい私より上の方が多いですからね。亡くなられた方もいっぱいいます。だけど皆さん、お人柄のいい方が多いですよ。長年、おつき合いがあれば、たまにはわがままもおっしゃいます。でも、それはもう阿吽の呼吸で、ご機嫌の良さそうなときしっぺ返しをしてやるの(笑)。そうすると、『お!やるな!』って言うから、そうよー、たまにはかたき撃たないと私だってもたないわーって(笑)。でもまあ、それで気分が悪ければこなくなるでしょうけど、そんなことは皆さんないので」
佐藤さんは、先に旅立って逝った客のことを忘れない。 「亡くなってもう12年になる常連のお客様がいてね。とってもワインが好きな方だったから、8月21日が祥月命日なんですけど、かならずわが家でもワインをお供えして、陰膳をして、お礼をしているんです。死んじゃったからそれで終わりじゃなくて、大切なことを思い出させてもらうの。誰それさんは何年のいつ亡くなられたんだっていうのを忘れないように記録しているから、おうちでも大切にさせてもらうの。店はね、自分の店だから努力するのは当たり前だけど、皆さんのおかげで困ることがなかったわけですから」 そんな佐藤さんが、昔から接客で心がけていることがある。 「いまはカードでお勘定なさる方も多いし、現金の方もいらっしゃるけど、送り(請求書を送る)の人もまだいます。30年以上やっていていまだに変えないのは、私、鳩居堂に行って一口便箋を買って、請求書を書くときに必ずその方を思い浮かべて、ゴルフの話でもなんでも、様子はいかがとか、女房が脱臼しちゃってなんて話を聞いていたら、奥さんのお加減いかが、とか、なにか必ずその人のことを書いて添えるんです。七夕に手術をしたので、私も切腹しましたけどだいぶ元気になりましたから、またお越しになってね、とかね(笑)」 その一口便箋を大事にとっている客もいるのだとか。 「一度こんな束になったのを見せてもらったことがあるんだけど、びっくりしたのと恥ずかしいのと。あれ、同じことは書いてないんですよね。通り一遍のことは書いてないの。お客さんは、ああ請求書がきたけど、ママの手書きのラブレターも入ってるなと。これだけはやめないでくれっておっしゃいますね」 そして、もう一つ。 「人の悪口を言わないこと。基本的には、お客さんとの信頼関係があって成り立つ商売なんです。私も若いころはね、誘われたりとかもあったけれど、いまやこんな歳になると皆さん人類愛に生きているのよ(笑)。お客さまたちも、奥さんやお孫さんの写真を見せてくださる方もいれば、食事処にご家族を連れてきて紹介していただいたり。昔は、おたくのファミリーに会ったり孫の話をしたりなんて思わなかったよね、なんていってね。人間、色気がなくなったらおしまいね、なんてみんなで笑ってね。七夕の手術で子宮と卵巣を全摘しましたから、私もこれでほんとに男らしくなったからなんでも任せない、って言って大笑いしてるんですよ(笑)」
『黒革の手帖』のファンだという佐藤さんだが、最新の武井版は銀座のベテランママの目にはどう映るのだろう。 「米倉さんとはぜんぜんニュアンスが違いますからね。米倉さんはシャキシャキっとした感じでやりましたけど、武井さんはなんとなーく、一見おとなしげなんですよね。そこが怖い。ああいう女性のほうが、やさしそうに見えて本当は悪女だっていうのがね、かえって伝わります。そういう人って、実際にいますしね」 (取材・文・撮影:志和浩司) (完)【連載】黒革の手帖のリアル