「友だちの輪」誕生のきっかけにあの世界的巨匠 ハプニングの宝庫「笑っていいとも!」の魅力
この間、約46分。 通常、「テレフォンショッキング」の長さは20分程度である。当然、予定していたほかのコーナーはできず仕舞いに。後年似たケースは作家の有吉佐和子やとんねるずでもあったが、その先駆けがこのときの黒柳徹子だった。 また、ゲストが大幅に遅刻してしまったこともある。 1997年10月2日放送回のゲストは、俳優の片桐はいり。しかし片桐は、時間になっても現れない。電話をすると、まだ品川駅にいた。寝坊したとのことで、しかも電話中にむざむざ1本乗り過ごす羽目に。
ようやく新宿アルタに到着するが、放送している階に向かうエレベーターの場所がわからず右往左往。しかも、前日ゲストの渡辺えり子(現・渡辺えり)が残したメッセージが、「明日は遅刻しないでくださいね」だったという見事なオチもついた。 ■電話のかけ間違いで一般人が出演 そして、電話のかけ間違いで、なんと一般人が出演したこともあった。ある意味、黒柳徹子の〝番組ジャック〟以上のハプニングである。なにしろ、芸能人・著名人という大枠をはみ出してしまったのだから。
事の経緯はこうである。 1984年4月23日のゲストは歌手の泰葉だった。 歌手のしばたはつみを友だちとして紹介しようとした泰葉が電話をかけ、「もしもし、しばたさんのお宅ですか?」と言ったところ、「いえ、違います」という返事。相手は、広告会社の編集部に勤める女性だった。 タモリが引き取って『笑っていいとも!』であることを説明すると、「ちょっと待ってくれます?」とテレビを見て確認した女性は、「間違いでなくていいんですけど」と満更でもない様子。
そのノリの良さを感じ取ったタモリの「明日来てくれるかな?」に「いいともー!」と答え、その女性はなんと翌日「テレフォンショッキング」に出演を果たしたのである。 その日から「一般人コース」が並行して始まった。その女性は通常と同じセットでタモリとトークを繰り広げ、「やだぁ、恥ずかしい」と言いながら友だちを紹介。 そして3人目までつながったが、4人目のひとの都合がつかず、タモリの「明日来れないかな?」という呼びかけに対し、電話の相手が「来れません」と答え、「一般人コース」は結局3日で終了することになった。