中国戦勝式典で話題「抗日戦争」とは? 早稲田塾講師・坂東太郎の時事用語
突如祝い出した抗日戦勝記念
風向きが変わったのは2005年あたり。当時の胡錦濤国家主席が3日の「抗日戦争勝利60周年記念」で「国民党と共産党が指導する抗日軍隊」が「それぞれ『正面戦場』と『敵後方戦場』の作戦任務を分担した」と大転換したのです。冷戦の終結や中国が国力を増して自信をつけ「中華民国」こと台湾政権は国連からも追い出され、蒋後継の国民党は「台湾独立」を胸に秘す民主進歩党を牽制するのに好都合の存在にすらみえてきたというのが大きな理由です とはいえ史実である「国民政府軍主体の戦争だった」というところまでは認めていません。習近平政権に変わった2014年は9月3日を「中国人民抗日戦争勝利記念日」としました。合わせて「世界反ファシズム戦争勝利」との概念も示し始めます。共産党は米英などの連合国軍とともに戦ったという点を強調し、70周年の今年は人民解放軍(中国共産党の軍)が持つ戦車部隊などで天安門広場を横切っていく「記念軍事パレード」まで予定しています。 「反ファシズム」をキーワードに国際連帯と国威発揚を狙っての行事でしょう。しかし日本はもとより欧米各国首脳は参加しません。1989年に起きた天安門事件が起きた場での軍事パレードなどに出席したら、自由と民主主義という価値観までも疑われてしまいます。
歴史の“ねつ造”? 映画「カイロ宣言」
この日にあわせて公開される記念映画が「カイロ宣言」。人民解放軍系の制作会社によって作られました。その宣伝用ポスターに「歴史のねつ造ではないか」と批判が起きています。 カイロ宣言とは1943年にアメリカ大統領ルーズヴェルト、イギリス首相チャーチルと蒋介石が終戦後の中国領のあり方などを取り決めた会談で、米英首脳が直後のテヘラン会談でソ連のスターリンとも共有し、宣言として発表されたものです。1895年の日清戦争の結果として日本が得た台湾と澎湖諸島、さらに満州などを中国に返還するという内容で、ポツダム宣言にも「『カイロ』宣言ノ条項ハ履行セラルヘク」とあり、これを日本が受諾して終戦となった重要な声明です。 ポスターのうち、とりわけ注目されたのが米英中ソの首脳を演じた役者の写真で中国首脳が毛沢東であるかのように紹介された点でした。 映画そのものの内容は分かりません。確かにカイロ会談に毛沢東が国の代表として送られていたら抗日の主役は共産党という中国だけにしか通用しない物語の信用性は高まります。しかし事実として毛沢東はカイロには出向いておらず、蒋介石でした。 先に述べたように毛沢東は蒋介石中心に戦ったゆえに対日勝利の祝祭を行っていません。宿敵であったがためです。それが没後39年目に後輩によってすり替えられるとは。「あいつとだけは一緒にするな。何を考えているんだ」と怒っているのは案外、泉下の毛沢東その人ではないでしょうか。
--------------------------------------------------- ■坂東太郎(ばんどう・たろう) 毎日新聞記者などを経て現在、早稲田塾論文科講師、日本ニュース時事能力検定協会監事、十文字学園女子大学非常勤講師を務める。著書に『マスコミの秘密』『時事問題の裏技』『ニュースの歴史学』など。【早稲田塾公式サイト】