“給与問題”発覚…1年足らずで「クビになった」 フロントと合わぬ理念、元虎右腕の誤算
現在は西宮市で野球教室を開く…今後も「野球に携わる仕事ができたら」
現在、中田氏は兵庫県西宮市の「NAKADA28 STADIUM」でマンツーマン野球教室を開いている。「近い距離でのネットピッチングなどで投げ方の基本を教えています。ここでフォームを固めて自分のチームに行ってやってごらんって感じでね。みんなにうまくなってほしいと思ってやっています」。小中学生以上の男女から大人でもOK。「70歳の方も来ていますよ。きれいな投げ方をしたいということでね」と力が入っている。 「NAKADA28 STADIUM」ではトークショーなどイベントも開催。「(元阪神の)掛布(雅之)さんや(元阪急の)福本(豊)さんにも来てもらいました。平田(勝男阪神2軍監督)も来たことがありますよ」と笑顔で話す。中田氏はかつて兵庫・尼崎でも野球指導を行ってきたが、当時の教え子はすでに甲子園に出場するなどしているという。 「智弁和歌山で4番を打って(2021年夏の甲子園で)全国優勝した徳丸天晴選手(現NTT西日本)と、今年(2024年)大阪桐蔭で3番を打っていた徳丸快晴選手。あの兄弟が尼崎のアカデミーに来ていたんですよ。あの頃は中学生と小学生だったかな」。教え子たちの成長が楽しみでしかたがないようで、今後についても「野球に携わる仕事ができていったらいいですね」と目を輝かせた。 中田氏の野球人生は怪我が絶えずつきまとった。その中でやれることをやって好結果を出した。一方で苦しんだことも多かった。「野球は中学の時に坊主頭になるのが嫌でやめかけたし、亜細亜大を中退した時もやめかけた。それでもプロにも入れたんですからねぇ。どこかで道が違っていたらどうなっていたかはわかりませんよね」。 横浜高時代の監督である恩師・渡辺元智氏には「今も怖くて連絡がとれないですね」という。「高校野球の解説をされていたでしょ。僕はその声を聞いただけでピリッとします。この年になってもね」と笑い「でも、あの高校3年間を乗り越えたから甲子園の大観衆の中でも怖くなかったですよね。そういう強さは身についたと思います」と感謝の言葉も口にした。いろんな経験が怪我との闘いでも支えになったのは間違いない。 プロでの現役時代は阪神一筋の背番号28。もちろん、古巣に対しても熱い思いを持ち続けている。65歳になった1985年阪神V戦士右腕は、今も指導者として腕を振る。野球への情熱は健在だ。
山口真司 / Shinji Yamaguchi