SNSの「相互評価ゲーム」に閉じ込められた人類に残された「たった一つの道」
「Web3」は多様性を生むか?
次に私たちが思い浮かべるのは、プラットフォームそのものを変質させること、具体的には今日の中央集権的なプラットフォームの寡占状態を、技術的に、経済構造的に自律分散的なものに変質させることだ。 プラットフォーム上では全員が同じゲーム(他のプレイヤーとの相互評価のゲーム)をプレイしている。このとき発信される情報の内容が多様であれば、ゲームそのものは画一化されていてもかまわない、むしろそうあるべきだと、この20年の間に活躍したシリコンバレーのプラットフォーマーたちは考えた。 Amazonの品揃えが豊かであれば、街の本屋はいらないというように。しかし前述したように、発信される情報が多様であったとしても、流通する情報の多様性が減じてしまっては意味がないのだ。 これに対し、支配的なプラットフォーマーに挑戦するスタートアップたちの一部はこの現象を克服するためにゲームの複数化を主張する。たとえば彼らはブロックチェーン技術を背景にしたWeb3の実現が、現在の巨大なプラットフォームにより事実上一元化され、本来自律分散的な構造をもつにもかかわらず擬似的に中央集権的な構造を獲得してしまった現代の(Web2.0以降の)インターネットを、本来の姿に引き戻すことに期待する。 小さなプラットフォームが自律分散的に乱立し、小さなゲームが無数に展開されることによって今日の中央集権的なプラットフォームの支配のもたらす弊害(流通する情報の画一化)を取り除くことができると考えるのだ。 しかしおそらくWeb3の実現は、それ単体では解決にはならない。なぜならば、現在進行しているプラットフォームの支配によるゲームとそこで流通する情報の画一化は、むしろプレイヤーたちの欲望によってボトムアップに形成されていったものだからだ。 たとえプレイできるゲームが複数あったとしても、かつてのインターネットがそうであったようにプレイヤーたちはみずからそれを手放し、インスタントな承認を求め単一のゲームをプレイするようになるだろう。 個人がウェブサイトをHTMLを用いて更新していた時代からブログの時代へ、そしてSNSの時代へ。この変化は個人の発信をより簡易にしただけではない。同時に相互評価のゲームがより大規模なものに変化し、他のプレイヤーからの評価が得られやすくなったこと、ある話題について発信することで、同じ話題に関心をもつ他のプレイヤーから反応されることが、この変化によって飛躍的に簡易になったことこそが重要だ。 数十名の所属する集団のなかでは誰も相手にしなくなった陰謀論の類もX(Twitter)なら簡単に「共感」してくれる仲間を見つけることができる。こうして、人びとはみずから「ばらばらのものが、ばらばらのままつながる」インターネットの理想を手放したのだ。 インターネットという自律分散的なシステムを、プラットフォームが擬似的に中央集権に変化させたことを、多くの人びとが嘆く。そして、新技術で本来の姿を取り戻すべきだと主張する。しかし、問題の本質は技術にはない。むしろ、インターネットを擬似的な中央集権に変質させてしまったのは、それを用いる人間の欲望だからだ。 プラットフォームのもたらしたボトムアップの中央集権を内破するために必要なのは、自律分散を支援する技術ではなく、自律分散を、多様性を、(問題についてのコミュニケーション=相互評価のゲームではなく)問題そのものにコミットする欲望を喚起することなのだ。 たとえ技術的にローカルなプラットフォームが乱立する世界が実現したとしても、そこで展開するゲームが変わらないかぎり、プレイヤーたちはより簡易な承認を求めてグローバルなプラットフォームへの接続を求める。 より具体的には、自分たちのローカルなゲームで獲得した承認をより強化するために──たとえば、自分は隠された真実を知り、それをローカルなプラットフォームで説くことで得た承認をより強いものにするために──グローバルなプラットフォームでのより大きなゲームに参加していく。 この皮肉な現実は、2020年のアメリカ大統領選挙における陰謀論(Qアノン)の流通によって、すでに証明されている。小さなプラットフォームで展開する相互評価のゲームは容易にフィルターバブルを形成し、デマと陰謀論の温床になる。 そしてユーザーはより多くの承認を求めて、あるいはローカルなプラットフォームで形成された共同体を強化するためにその敵を求めて、グローバルなプラットフォームに接続していくのだ。 ゲームの複数化は、問題を解決しない。必要なのは、相互評価のゲームによる承認の交換そのものを相対化することなのだ。 では、どうすれば、プラットフォームとそこで展開する相互評価のゲームを内破することができるのだろうか。ここで、少し変わった角度からプラットフォーム上の相互評価のゲームについて検討してみたい。 さらに連載記事<インターネットが実現した「多様性」を人々がこぞって捨て去ろうとしている「悲しき現実」>では、現代の情報社会が直面している問題点をわかりやすく解説しています。ぜひご覧ください。
宇野 常寛(評論家)