Rex Orange Countyが語る「生身の自分をさらけ出した」大作アルバムの真意
まだ17歳だった2015年にデビュー作『Because You Will Never Be Free』を発表し、以来アルバムを重ねるごとに、豊かな音楽知識に裏打ちされた職人的ベッドルーム・ポップに磨きをかけてきた、レックス・オレンジ・カウンティ(Rex Orange County)ことアレックス・オコナー。初の全英ナンバーワンに輝いた前作『Who Cares?』(2022年)を経て、このたび登場したセルフ・プロデュースの5作目『The Alexander Technique』で、彼は驚くべき進化を遂げている。 【画像を見る】ローリングストーン誌が選ぶ「歴代最高の500曲」 というのも、慢性的な腰痛に悩まされて医師を訪ねるという実話に基づいた「Alexander」に始まるこのアルバムは、若くして音楽業界に飛び込んだがゆえに、成功を掴みながらも密かに苦悩を抱えプレッシャーに苦しんだ末に、アレックス曰く「今と全力で向き合い、ありのままを受け入れる」に至る長いプロセスを淡々とドキュメント。時にユーモラスで、時に悲痛でさえあるモノローグと、ヒップホップ、ジャズ、ラテン、フォーク、ゴスペル、クラシック……と自由奔放なジャンル・クロッシングを繰り広げるサウンドスケープを、インティメートかつ陶酔的な大作に結実させるに至った。 では、そんな重要なマイルストーンに彼はいかにして辿り着いたのか? 「指摘されるまで気付いてなかったことが色々あるな」と苦笑しつつ、アレックスは饒舌に解き明かしてくれた。
「内省的で壮大なアルバム」を紐解く
―あなたは前作『Who Cares?』に着手する前から『The Alexander Technique』のレコーディングを進めていたそうですね。 アレックス:うん。僕の場合、複数のプロジェクトを並行して進めることが多くて、曲を作りながら、これはこっち、これはあっち……みたいに振り分けているんだ。今現在もまさにそうだし。で、ちょうどパンデミックが始まった頃だったかな、最終的に『The Alexander Technique』へと発展するアルバムの萌芽を確認できたんだ。その後アムステルダムでベニー・シングスに会って何曲か一緒に作る機会があって、「これはまた別のアルバムに発展しそうだな。なんとかして2枚とも仕上げられないものだろうか?」と考えたんだけど、『The Alexander Technique』のほうが長い時間を要するだろうことは明白だった。より広がりがある作品だし、『Who Cares?』はあまり考え過ぎないようにして、シンプルに作るべきアルバムだったからね。純粋に音楽作りを楽しもうっていう。だからすでに全容が見えていた『Who Cares?』を先に完成させたんだよ。『The Alexander Technique』のほうもその間ちょいちょい進めていて、ツアー中に楽屋で曲を書いたりしていたっけ。 ―じゃあ、最初からこれだけのスケールとボリュームの作品を想定していたということですか? 今回は計16曲という、かつてなく長尺のアルバムになりました。 アレックス:そうだね。最初の4枚のアルバムは全て10曲程度で構成されていて、簡潔な尺に収めることで多くを成し遂げられるように感じていたんだ。でも、そういうアルバムを何枚か作ってみて、長尺のアルバムを作るのもまたひとつの挑戦として面白いんじゃないかと思った。例えばスティーヴィー・ワンダーの『Songs in the Key of Life』とか、タイラー・ザ・クリエイターの『WOLF』、フランク・オーシャンの『Channel Orange』と『Blonde』、SZAの『SOS』などなど、17~18曲入っているアルバムの中にも大好きな作品があるし、多数の曲を聴き手と分かち合って、色んなオプションを提供するのも素晴らしいことだから。 ―結果的には、自分の内面に奥深く潜り込んで、心に重くのしかかっていた想いを取り除き、自分を解放する作品になりましたが、何がきっかけでこういうアプローチを取ったんですか? アレックス:えっと、今回のアルバムで一番最初に生まれた曲は、僕が医師の診察を受けるという筋書きのオープニング曲「Alexander」だったんだけど、今まで書いてきたラブソングの類には該当しない曲だし、当時の心境を率直に表していたんだよね。あの曲を書き上げた時、自分の中には語るべきことが山ほど蓄積されていると悟ったんだ。しかも、ラブとか成長といった定番のテーマ以外の領域で。もちろんここでもラブや成長に言及しているけど、語り方はより内省的だから、全ては「Alexander」が最初に生まれたことに関係しているんだよ。同時に、『Songs in the Key of Life』をお手本にして、多様なトピックを扱うアルバムを作りたいとも思っていたし。 ―オープニング曲と言えば、『Pony』(2019年の3作目)の「10/10」では“この1年の体験に崖から突き落とされるところだった”と歌い、『Who Cares?』の「Keep It Up」では“口を開くたびに後悔する”と歌っていました。そして「Alexander」では“全人生を通じて腰痛に悩まされてきた”と開口一番宣言していて、毎回スタート時点で何らかの苦境に陥っているというパターンがありますよね。 アレックス:ほんとだね。確かに、スタート地点で危機に直面している(笑)。きっとほかの多くの人も同じなんだろうけど、僕には、色んな物事の理由を知りたいという気持ちがあって、「なぜ○○はこうなんだろう?」っていつも考えている。そしてこれまでずっと、自分が目指すべき到達点を探し求めているようなところがあった。でも、自分が100%ハッピーになれて、あらゆる事象の意味がクリアになる到達点など存在しないんだってことを、僕は悟ったんだ。そういう事実を受け入れるに至るまでの過程を、このアルバムで描いているんじゃないのかな。つまり、究極的には成長をテーマにした作品なんだろうね。何が正しくて何が誤りなのか見極めて、あえて回り道をして学んで、子どもから少年、ティーンエイジャーから大人へと変化を遂げ、人生と正面から向き合う……という流れがある。成長って、作詞をする上ですごく充実感を得られるテーマだけに、掘り下げるのが苦にならないんだ。生きている限り永遠に直面し続けるわけだから(笑)。 ―アルバム・タイトルも“Alexander”という名前を含んでいますが、こちらも最初から決まっていたんですか? アレックス:うん、実は2017年くらいから、いつかこのタイトルでアルバムを作れたらクールだなって思ってたんだ。 ―“アレクサンダー・テクニーク”とは、緊張やストレスを解くことで肉体的な不具合を解消し、パフォーマーの能力を引き出す療法を指すそうですね。あなた自身も腰痛を和らげる上で助けられたとか。 アレックス:まあ、ちゃんと実践できてはいないんだけど、僕は言葉そのものにもすごく惹かれた。アレクサンダーは僕の本名だし、自分独自の生きるためのテクニックというか、“僕が存在する上で必要なメソード”みたいに聞こえるだろ? それに、僕は実際に痛みに悩まされているわけだから、ダブル・ミーニングとして成立するしね。 ―だとすると本作は、“レックス・オレンジ・カウンティ”のフィルターを取り除いて、アレックス・オコナーという生身の人物に出会えるアルバムだと考えていいんでしょうか。 アレックス:それはいい質問だ。多分そうなんだと思うよ。これらの曲は僕という人間からダイレクトに発せられていて、キャラクターをまとっていない。もちろんこれまでもアレックスとレックスの境界は曖昧ではあったんだけどね。そもそも僕は自分の本名が好きじゃなくて、アーティストとしてカッコいい名前とも思えなかった。で、ファーストネームは本名で苗字の部分を変えているアーティストって珍しくないから、僕もやってみたんだ。アレックスとレックスの間に線を引きたいという気持ちもあったし。ほら、ステージに立っていてオーディエンスに“アレックス!”と呼ばれると、どうもバツが悪いんだよね(笑)。僕の人生には、音楽やキャリアとは全く関係のない領域もあるわけで、レックス・オレンジ・カウンティの名義で作品を発表すれば、あくまでクリエイティブな表現として一定の距離を置くことができる。あと、単純に“Rex”って響きがカッコいいと思うんだ(笑)。 ―アルバムの随所で若い頃の自分に想いを馳せていることも、内省的な趣に寄与していると思うんですが、「Guitar Song」然り、「2008」然り、過去を振り返ることが、自分の現在地を検証する上で役立ったということ? アレックス:役立ったのかどうかは定かじゃないけど、ここで一度過去を検証することが必要とされていたんだと思う。年月が経てば人間として優先事項が変わるし、興味の対象も変わるし、自分を取り巻く世界が変わって、ものの見方も変わる。それゆえに混乱してしまって、自分がやっていることの意味が見えなくなっていたところがあるんだよね。でも、若い頃の自分がどんな風だったか再確認することで、今の僕が、自分が望んでいた場所にちゃんと着地しているんだってことが分かった。そういう意味ではめちゃくちゃラッキーな人間だし、14歳の時の僕が今の自分と出会ったらものすごく喜んだだろうし、自分を誇りに思ったんじゃないかな。