不登校の高校時代、黙々と絵描く日々「居場所ができて、ほっとした」 福岡・八女の美術家回顧展
福岡県八女市を拠点にする美術家、牛島智子さん（66）の回顧展が母校の九州産業大学美術館（福岡市東区）で開かれている。在学中に描いたドローイングや油彩画から、最新の立体連作まで約120点が並ぶ。どの作品も入れ子状に多様な視点が内包され、奥行きの深さとそれを読み解く面白さを体感させてくれる。11月4日まで。 【写真】27点の連作「ホクソ笑む葉緑素」。低い位置に並べた展示は大地に生えた植物を連想させる 例えば、五角形から三十一角形まで一角ずつ増えていく27点の連作「ホクソ笑む葉緑素」。植物や大気、水を連想させる緑や青を主とした色使いから自然界の循環を思わせるが、作品を取り巻く数字にも注目したい。「31」は1カ月のサイクルを示しているとも読める。では「5」「27」は何だろう。日常に潜む数字、法則性に思いを巡らせる。 同作は「ヤ シリーズ」の一つで、「ヤ」にも複数の漢字が当てられる。真っ先に思い付くのは「家」だ。空間としての家屋、生活を共にする家族、脈々と血をつなぐ家系など、イエにまつわる多様な問いを投げかけてくる。また「野」と読むこともでき、庭や畑、あるいは九州という風土を思わせる。 40年超の創作活動を俯瞰（ふかん）した展示で目に留まるのが「三角形」の存在感だ。多くの作品に三角形が含まれており、構成する辺の数が最も少ない多角形を足掛かりに作品世界を広げているのが見て取れる。三角形は牛島さんの作品を生み出す「種」ともいえる。 本人に三角形への思い入れを尋ねると、一時的に不登校になった高校時代に話が及んだ。得意なことをして自信を付けさせようとする親や教師から美術部に入部させられ、教室の隅で自宅から持参した人形の絵を黙々と描いたという。 「人形、キャンバス、そして自分。その三つを結ぶ三角形の関係の中に自分の居場所ができて、ほっとした。それが原点かも」 一つのテーマを多面的に描いているのも興味深い。九産大在学中の1979年に発表した油彩画と今年制作した高さ2メートルの立体作品「掃（は）く人」はともにほうきがモチーフになっている。 「帚（ほうき）」という字に女偏を付けると「婦」になる。「家婦」というテーマは繰り返し作品にしてきた。家事を担う女性への敬意と連帯を示すと同時に、「家事は女性の役割」とする社会通念への批評性も帯びる。個人史にとどまらず、代々「家」と関わってきた先人の女性たちまで含むその射程の長さは母校の後輩たちを刺激することだろう。 日々の暮らしと制作が一貫して同じ地平にあることが展示から伝わってくる。時代ごとに暮らした大地を踏みしめてできた、その足跡が作品になっている。生きている限り、新しい何かを生みだす。そんな全身美術家の次の「一歩」が早く見たい。 （佐々木直樹）
