遂に、今季限りで退任したリバプールのクロップ監督
別れへのカウントダウンは今年1月26日に始まった。クラブ公式サイトで、リバプール(イングランド)のユルゲン・クロップ監督(56)は「エネルギーがなくなってきた。今は問題ないが、ずっとは続かない」と今季限りでの勇退を表明した。2015年10月の就任以来、欧州チャンピオンズリーグ(CL)、イングランド・プレミアリーグ、イングランド協会(FA)カップ、リーグカップ、クラブワールドカップ(W杯)といった主要タイトルを「レッズ」にもたらしたドイツ人指揮官は「多くの人々にとってショックであることは理解できる」とサポーターの心情を思いやりつつも、伝統のクラブを離れる決断をした。
日本人にとっても縁の深い監督である。2010年に香川真司がドルトムント(ドイツ)に渡ったときの指揮官だった。ひとたびボールを失っても、すぐに奪い返すことを試みる「ゲーゲンプレス」というアグレッシブなサッカーを展開し、日本代表MFを攻撃のアクセントとしてうまく生かしてリーグ2連覇などの成功に導いた。リバプールに移っても、南野拓実、遠藤航という日本代表を獲得。日本のサッカーファンにおなじみの存在であった。 ドイツ南西部のシュツットガルト出身。191センチの長身ながら威圧的な印象はなく、優しそうなひげをたくわえ、ニコッと笑えば白い歯がのぞく。正直なコメントもメディアやファンに響いた。緻密な戦略家のイメージが強いマンチェスター・シティー(イングランド)のペップ・グアルディオラ監督と比較されるが、クロップ監督はピッチ上だけでなくスタジアム全体の空気をつくり出すことが非常にうまいタイプの監督だった。感情をストレートに表現し、ここぞという場面ではサポーターを大いにあおって熱量を一気に上げる。モハメド・サラー、サディオ・マネ、フィルミーノの高速3トップを看板に世界一に輝いた直線的なスタイルは、ファンを引きつけた。 2018/19年のビッグイヤー制覇、2020/21年の30季ぶりのプレミア優勝で一つのサイクルが終わったかに思われたが、アルゼンチン代表MFマカリスターら陣容が大きく変わった今季も見事に上位戦線で戦い続けてきた。 グアルディオラ監督は、クロップ監督の退任表明直後に「彼は私の人生で最高のライバルだった」と惜別の言葉を残した。その後、今年3月10日、リバプールのホームで行われたマンチェスター・シティーとの一戦はハイレベルな攻防の末に1―1のドロー。プレミアリーグにおける最後の直接対決を終えた両指揮官はタイムアップの笛が鳴ると、抱擁を交わした。世界最高峰とされるリーグで競い合った2人だからこそ分かり合えた瞬間だった。 選手からも感謝の言葉が贈られている。英紙「タイムズ」によると、2018年に加入した主将のファンダイクは「彼がいなければリバプールでプレーすることは想像さえできなかった。リバプールといえば、真っ先に思い浮かべるうちの一人が彼だろう。彼はこの町の文化の一部なんだ」と、リバプールで成し遂げたことの大きさに敬意を表する。クロップ監督本人は少なくとも1年間は休養するつもりのようだが、ファンダイクは「家族のための決断だろうけれど、彼はサッカーを生きがいとしている。すぐに戻ってくるよ」と語り、監督復帰は遠くない将来のことだと予言している。 当然、1月の退任表明直後は、次のステップの臆測がイングランドやドイツのメディアで報じられた。ドイツ代表の次期監督に推す声もあれば、バイエルン・ミュンヘン(ドイツ)の指揮官の可能性を論じる記事もあった。しかし、時が少しずつ流れ、現実の状況は整理され始めている。4月19日にはドイツ・サッカー連盟(DFB)がユリアン・ナーゲルスマン監督との契約を次回ワールドカップ(W杯)のある2026年まで延長したことを発表。ドイツ代表が自国で開催する欧州選手権(EURO2024)に腰を据えて臨む態勢を整えたことで、クロップ監督のドイツ代表監督の可能性はなくなった。 バイエルン・ミュンヘンはトーマス・トゥヘル監督が今夏限りで退任することが決まっており、後任候補にはいくつもの名前が挙がる。4月30日時点では決定していないが、それまでにもライプツィヒ(ドイツ)のSDやマンチェスター・ユナイテッド(イングランド)の暫定監督などを務めたラルフ・ラングニック氏や、元フランス代表のレジェンドでかつてレアル・マドリード(スペイン)を率いたジネディーヌ・ジダン氏らそうそうたる顔ぶれが取り沙汰された。バイエルンの強化部門を統括する取締役のマックス・エーバル氏は、休養するとのクロップ監督の意向を尊重し、招聘には動かないとドイツ・メディアに語っている。 おそらく、クロップ氏がピッチ脇に立って戦況を見つめる姿は、いったん今季限りで見納めとなるだろう。そんな中、サッカーの神様は華々しいフィナーレを用意してはくれなかったようだ。クロップ監督にとって、最後に残されたタイトルは手が届かなかった。アーセナル、マンチェスター・シティーとの稀に見る三つ巴の接戦となったイングランド・プレミアリーグの優勝争いだったが、マンチェスター・シティの史上初の4連覇で幕を閉じた。 それでも、9シーズンを過ごしたアンフィールドでの功績が色あせることはない。最終節の5月19日、ホームに集うサポーターたちは温かい拍手でドイツ人指揮官を送り出した。これほどまでに、愛されたまま退任した監督がいただろうか。
VictorySportsNews編集部