“拉致被害者”の帰国は2024年も叶わず…13歳だった横田めぐみさんは60歳に 母・早紀江さん(88)が抱く危機感「ダメなんだと言ったらもう終わり」
拉致被害者の帰国は2024年も叶わなかった。岸田政権下での北朝鮮との水面下交渉が表面化した2024年…日朝首脳会談の実現へ被害者家族は「今度こそ…」と期待したが、その思いは宙に浮いたままとなった。そして今、家族の言葉には、この問題そのものが消えてしまうのではないかという不安がにじんでいる。 【画像】2024年も進展見せなかった“最重要課題”…還暦を迎えた横田めぐみさんに母・早紀江さん「想像できない」
13歳だった娘の60歳の誕生日
1977年11月15日、新潟市で中学校からの帰宅途中に北朝鮮の工作員によって拉致された横田めぐみさん(当時13歳)。 母・早紀江さん(88)は、めぐみさんにまつわる節目の度に会見に応じてきた。 回数を重ねるたびに虚しさや苛立ちを語ることが増えていると同時に、拉致被害者本人の健康や安否への言及も目立つ。 めぐみさんの60歳の誕生日となる2024年10月5日を前にした会見では… 「めぐみちゃんは元気だと思うことにしなかったら動けない。死んだ姿だけを思い浮かべながらなんて動けないでしょ。だから、元気で帰ってくるんだと、日本が取り返してくれるんだという思いで皆さんに訴えている。とにかく元気で、最後まで元気で生きていてくださいという言葉だけです」 「13歳だっためぐみが60歳になった姿を想像することはできない」とも話す早紀江さん。 食糧事情や医療体制に問題を抱える北朝鮮で娘はどのように暮らしているのか、その身を案じる続ける日々だ。
北の「死亡」通告を覆した母の叫び
横田めぐみさんについて、北朝鮮は2002年の日朝首脳会談で「死亡」と発表。 日本政府はその言葉通りに「めぐみさん死亡」を事実として持ち帰ったが、当時、その言葉を覆したのは記者会見場での早紀江さんだった。 「絶対にこの何もない、いつ死んだのかさえ分からない、そんなことを信じることはできません。まだ生きていることを信じ続けて戦って参ります」
「早紀江さんの叫びは拉致問題の原点」と語る首相
石破首相は、この早紀江さんの姿を「拉致問題に向き合う原点」と表現している。 2002年の記者会見の場に拉致議連会長として同席していた石破首相。11月の国民大集会ではこう述べた。 「私は、その場面をありありと覚えているのですが、『私は信じない。めぐみは生きている』というふうに早紀江さんは叫ばれた。あえて叫ばれたと申し上げますが、それが私のこの問題に取り組む原点でもあります。あの言葉は耳に残って離れることがありません」 2002年の記憶を自らの言葉でたどった石破首相は、拉致問題をこれまでの政権と同様「最重要課題」と掲げているが、安倍首相以来繰り返されるこの言葉を被害者家族が拠り所とする様子は感じられない。 むしろ、早紀江さんは「最重要ではなく、最優先課題として取り組んでほしい」と訴えている。 被害者家族が高齢となり、残された時間が少ないことへの焦りを共有し、行動してほしいと望んでいるのだ。