気候変動予測から黒潮大蛇行や台風の進路予測まで――アプリケーションラボのベヘラ所長。激動の研究者人生に見えている未来
「気候変動」の予測研究から「インド洋ダイポールモード現象」を発見
そこでベヘラさんが取り組んだのは、100年単位の長いスパンで気象現象をとらえる「気候変化」ではなく、去年と今年の違いなどの短いスパンでとらえる「気候変動」でした。 たとえば太平洋でエルニーニョ現象が発生すると、統計的に日本は冷夏・暖冬になりやすく、ラニーニャ現象が起きると逆に猛暑・厳冬になりやすい。そういった現象と気候の関係を調べるのが、「気候変動」の研究です。 「私たちの研究チームは、太平洋のエルニーニョ現象と似たものがインド洋にもあることを発見しました。それが、『インド洋ダイポールモード現象(IOD)』です。エルニーニョ現象は、熱帯太平洋の海水温が通常とは逆に西側が低く、東側が高くなる現象。私たちは、インド洋の海面水温が西側で高く、東側で低くなる現象を”正のIOD”、逆に西側で低く東側で高くなる現象を”負のIOD”と呼ぶことにしました」 拡大画像表示 ところがこの発見は当初、学界で多くの批判にさらされました。そのため発見から数年間、ベヘラさんたちはIODが本当に存在することを証明するために、たくさんの論文を書き続けたといいます。 「批判した人たちの多くは、IODが独立した現象ではなく、エルニーニョ現象の一部にすぎないと主張していました。最初の2年間はすごく苦労しました。でも現在は、IODが独立した現象であることが広く認められています。そうなるまで諦めずに頑張れたのは、山形先生の強いリーダーシップがあったからこそ。誰に何を言われようと、山形先生を信じて論文を書き続けることができたんです。山形先生からは、問題を解決するまでの論理的なプロセスの大切さを学びました」
アプリケーションラボ(APL)――気候変動予測の社会実装へ
その後、地球フロンティア研究システムからの流れでJAMSTECの一員となったベヘラさんは、現在、付加価値情報創生部門(VAiG)のアプリケーションラボ(APL)で、ラボ所長を務めています。そこでは何を目指しているのでしょう。 「地球シミュレータを運用するチーム(地球情報科学技術センター)と数学のチーム(数理科学・先端技術開発センター)、そして気象を扱う私たちの知見を共有することでシミュレーション技術を開発し、それを社会に役立つ形で実装することが目的です。 地球の海洋・気候現象をコンピュータ上で再現する”デジタルツイン”をどんどん発展させてきたいですね。社会の役に立てるには、使いやすいスマートなインターフェイスにする必要があります。たとえば農業や漁業の人たちがいくつか選択肢をクリックするだけで、来年の気温がどうなるかなど必要な情報が手に入るようなものにしなければいけません」 農林水産業のほかにも、災害対策、感染症や電力消費の予測、ビールや夏服・冬服の需要など、気候変動に関する正確な情報を必要とする分野はたくさんあります。「外遊びのために気象を予測できればいいのに」というベヘラ少年の思いは、この社会で暮らす人々みんなに共通する願いだったのでしょう。 「人々の役に立つシミュレーション技術をつくるのに必要なのは、私たちの研究だけではありません。それを支えるのは、膨大な観測データです。じつは、私はすぐに船酔いをしてしまう体質なので、海での観測は苦手なんですよ(笑)。それもあって、コンピュータ・シミュレーションのほうを選びました。 JAMSTECだったらさまざまな海洋観測データを利用することができます。ですから、船に乗ってデータを集めてくれる研究者たちの存在は、本当にありがたいと思っています」
ベヘラ スワディヒン(海洋研究開発機構 付加価値情報創生部門 アプリケーションラボ 所長・上席研究員)