「獰猛」だった野生のキツネがたった数十年で「温厚」に!?…ついに解明された”家畜化症候群の謎”
人種差別、経済格差、ジェンダーの不平等、不適切な発言への社会的制裁…。 世界ではいま、モラルに関する論争が過熱している。「遠い国のかわいそうな人たち」には限りなく優しいのに、ちょっと目立つ身近な他者は徹底的に叩き、モラルに反する著名人を厳しく罰する私たち。 【漫画】「しすぎたらバカになるぞ…」母の再婚相手から性的虐待を受けた女性が絶句 この分断が進む世界で、私たちはどのように「正しさ」と向き合うべきか? オランダ・ユトレヒト大学准教授であるハンノ・ザウアーが、歴史、進化生物学、統計学などのエビデンスを交えながら「善と悪」の本質をあぶりだす話題作『MORAL 善悪と道徳の人類史』(長谷川圭訳)が、日本でも刊行される。同書より、内容を一部抜粋・再編集してお届けする。 『MORAL 善悪と道徳の人類史』 連載第36回 『「性器を噛みちぎる」チンパンジーと「無害な」人間…「人間家畜化理論」が説明する、ヤバすぎるその理由』より続く
ベリャーエフ兄弟の実験
家畜化症候群の初期の発見と研究におけるパイオニアとして、ベリャーエフ兄弟が知られている。ソビエト連邦で人間の遺伝を研究していたニコライ・ベリャーエフは、政治的な嫌疑がかけられ、1937年にヨシフ・スターリン指揮下の秘密警察によって射殺された。 だが、1950年代に入ってから弟のドミトリとその同僚のリュドミラ・トルートがニコライの研究を引き継ぎ、野生動物の家畜化プロセスに関して画期的な考察を行った。当時すでに、前回述べた特徴が家畜に頻繁に見られることは知られていた。ウマ、イヌ、モルモット、ラクダ、ウシ、ネズミ、ブタ、ネコ、それどころかラマでも、同じような特徴が確認できた。 しかし、ベリャーエフとトルートはより深い進化の問題に関心を向け、そうした形質の変化は社会性を高める特定の選択を通じて再現可能なのかどうかを知ろうとした。ある動物種を、意図的に友好にする目的で繁殖させたら何が起こるのだろうか、と考えたのだ。 ベリャーエフとトルートはシベリア・ギンギツネを使って数十年にわたる実験を行った。オオカミがイヌになるのには数千年がかかったが、キツネのなかで最も温厚な性質をもつ個体を意図的に優先して繁殖させることで、今回は進化のプロセスを数十年に短縮できた。 ベリャーエフとトルートが、最もおとなしい個体のみに繁殖を許したところ、10世代、20世代、そして50世代と代が替わるにつれて―この過程において、キツネは年に1回だけでなく、数回繁殖するようにもなった―、かつては利己的だった野生動物がかわいらしい遊び相手に変化していった。
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