【元CIA分析】戦術で勝ち戦略で負ける......「作戦大成功」のイスラエルを待つ落とし穴
<イスラエルのポケベル・トランシーバー爆破作戦は世界の諜報関係者も驚く大成功だった。ただ戦術上の大成功は往々にして指導者の目を曇らせ、傲慢さを招き、戦略上の政策の欠陥を覆い隠し、意図せぬ損害をもたらす>
イスラエルの情報機関モサドがレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラのポケベル数千個を一斉爆発させ、約2800人を死傷させた9月17日の事件は、史上まれに見る成功を収めた複合的情報・軍事作戦の最初の一幕だった。2週間足らずの情報工作と空爆、地上侵攻で、イスラエルは中東の戦略的バランスを根底から書き換えた。イスラエル側も現時点で民間48人、兵士8人の死者を出しているが、レバノン側の死者は約1900人。200万人近い避難民が発生した。【グレン・カール(元CIA工作員・本誌コラムニスト)】 ハマス奇襲から1年。「イランの核をまず叩け」と煽るトランプに対するイスラエルの「回答」は ポケベル作戦の翌日、モサドは何百台ものヒズボラのトランシーバーを爆発させ20人が死亡、450人以上を負傷させた。さらにイスラエル軍はヒズボラに数千回の空爆を行い、指導者の多くを殺害。ヒズボラは数百発のミサイルを発射したが、イスラエルのミサイル迎撃システム「アイアンドーム」が大半を破壊した。9月27日には、レバノンの首都ベイルートでヒズボラの最高指導者ハッサン・ナスララ師を殺害した。 イスラエルの全体的な戦略目標はヒズボラの親玉、つまりイランの脅威を除去することにある。イランは今、存亡の危機をはらんだジレンマに直面している。イスラエルを攻撃するためにつくり出したヒズボラが無力化されるのを座視するか。対イスラエルの軍事行動を起こし、アメリカの参戦を招きかねない大規模な戦争と体制崩壊のリスクを冒すのか。 ナスララの死から4日後、イランはイスラエルに向けて約200発の弾道ミサイルを発射したが、同時に戦争のリスクは避けようとした。「シオニスト(イスラエル)政権のテロ行為に対するイランの正当な反応は正当に実行された」とイラン国連代表部は述べた。これ以上のエスカレートは避けたいという意思表示だ。イスラエルは米英の支援を受け、ミサイルをほぼ撃墜したが、報復に出るのは確実だ。 イランとイスラエルは、どちらも目標とは反対の結果を手にすることになるかもしれない。イランはヒズボラをけしかけ、ロケット弾攻撃でイスラエルに嫌がらせをさせていたが、今や体制の存続自体が危うい。イスラエルもイランの弾道ミサイル攻撃に対する対応次第では、イランが核兵器の製造に向かう事態を招く可能性が高まる。 1年前、イスラエル領内に奇襲攻撃を仕掛けたパレスチナ自治区ガザのイラスム組織ハマスは、誘拐、集団強姦、殺人の限りを尽くし、1400人以上を殺害した。その後のイスラエル軍侵攻と無数の民間人の犠牲者、ガザの破壊、数百万人の避難民発生について、ハマスには直接的責任がある。 さらにハマスの奇襲攻撃は、サウジアラビアとイスラエルの平和条約締結を遅らせ、ヒズボラをほぼ壊滅させ、アメリカとイスラエルの同盟関係を緊張させ、イスラエルを世界の多くの国々から孤立させ、イスラエルとイランを直接軍事衝突させ、中東を地域戦争の瀬戸際に追い込んだ。 複数の国の情報機関の知人たちは、イスラエルの見事と言うしかない情報工作に驚きと称賛の声を上げた。だが、優秀な工作員や外交官は知っている。戦術上の大成功は往々にして指導者の目を曇らせ、傲慢さを招き、戦略上の政策の欠陥を覆い隠し、意図せぬ損害をもたらすと。ヒズボラ自体、1982年のイスラエルによるレバノン侵攻作戦の成功が生んだ遺産なのだ。 もう1つ、彼らは知っている。ハマスとイランの宗教指導者やヨルダン川西岸のユダヤ人入植者が敵対者の生存権と「自分たちの土地」に対する彼らの権利を受け入れない限り、中東に渦巻く憎悪がイスラエルの安全保障政策とパレスチナ人の運命を縛り続けることを。
グレン・カール(元CIA工作員・本誌コラムニスト)