マンガ『タテの国』『ドラゴンの子』の作者・田中空の創作に影響を与え続けている文庫本3冊とは?(レビュー)
「ジャンプ+」で連載されたマンガ『タテの国』や『ドラゴンの子』の作者・田中空さん。 2024年3月には自身初の小説『未来経過観測員』を発表した田中さんに影響を与え続けている作品とは?
田中空・評「記憶に残る〈イメージ〉」
マンガを描く時、常に探し求めているものがある。それは記憶に残る〈イメージ〉だ。 物語のストーリーは、時間が経てばあっという間に忘れてしまう。だが、ある場面の風景やそこに生きるキャラのイメージはずっと残り続ける。むしろ、時間のふるいにかけられても残り続ける鉱石のようなイメージこそが物語の本当の部分だと思っている。現実でも、三日前の昼に何を食べたかはたいてい忘れるが、何十年も昔に友人から何気なく言われた一言をずっと覚えていたり、卒業以来会っていない恩師の顔や声色が今でもモノマネできるほどリアルに思いだせたりすることがあって、そういった場面や人のイメージはしっかりと心に残り、自分の体の一部になっている。 物語の中で記憶に残るイメージを生み出すのは難しい。読者の心がハッとする場面やキャラをいかに描けるかに掛かっている。だがヒントは過去の名作にたくさんある。自分は小説からそのヒントを得る場合が多い。小説は絵がない分、自分の頭の中で想像を膨らませやすいからだ。作品からのイメージを自分流に構築しやすい。そこから次の作品につながる新たなイメージが生まれてくる。 新潮文庫からの三作もそういった観点で選んだ。どれも自分が高校生の頃に読み、それ以来ずっと頭の中にイメージが残り、自分の創作に影響を与え続けている作品だ。
一つ目は井上靖の『敦煌』。およそ千年前の浪漫あふれる中国のエキゾチシズムはまるでファンタジー世界だが、そこには確かな血肉を持ったキャラたちが生きている。個性豊かなキャラが多数登場するが、中でも猛々しくも純粋に生きる朱王礼がお気に入りで、彼のある場面をずっと忘れられずにいる。それは次の場面だ。 逆さになって馬に吊り下がっている趙行徳の視野の中に、この時血で顔面を赤く染めた仁王のような男の姿がはいって来た。男は馬上から声をかけた。 趙行徳は主人公。馬上の男が朱王礼だ。天地逆転して見下ろしている真っ赤な男の姿が頭の中にありありと浮かび、当時絵に描いたほどだ。そのくらいこの場面はキャラの生き様とシンクロしたイメージとして記憶している。頭の中で彼の燃えるような赤のイメージはどんどん広がり、自分にとって『敦煌』といえば朱王礼の赤である。キャラが色を発散させているイメージは面白い。