『光る君へ』で求婚した宣孝。当時3人の女性と子をなし、長男は紫式部と2歳違い…わずらわしくなった紫式部が送った歌とは
◆わずらわしくなった紫式部は… そういった性行の一環でもあろうか、当時宣孝は、すでに子を生(な)した女性が3人いるにもかかわらず、近江守(おうみのかみ。源則忠か)の女(むすめ)にも求愛していたらしい。 それなのに「あなた以外に、二心はない」などとつねに言ってくるというので、わずらわしくなった紫式部は、 みづうみに 友よぶ千鳥 ことならば 八十(やそ)の湊(みなと)に 声絶えなせそ <近江の湖に友を求めている千鳥よ、いっそのこと、あちこちの湊に声を絶やさずかけなさい。あちこちの人に声をおかけになるがいいわ> と言って送った。また、海人が塩を焼き、投木(なげき。薪のこと。「嘆き」と掛ける)を積んだ様子を描いた「歌絵」とともに、つぎの歌も送っている。 紫式部が描いた絵が残っていれば、是非とも見てみたいものである。 よもの海に 塩焼く海人の 心から やくとはかかる なげきをやつむ <あちこちの海辺で藻塩を焼く海人が、せっせと投木を積むように、方々の人に言い寄るあなたは、自分から好きこのんで嘆きを重ねられるのでしょうか> このような返歌をするほどに、二人の仲は接近していたという解釈がもっぱらである。 いよいよ女が優位に立っていて、多情をなじるのも女の側の傾斜の表われであるとのことである(清水好子『紫式部』)。そんなものなのであろうか。
◆手紙の上に朱を振りかけて… これに対し宣孝は、手紙の上に朱を振りかけて、「涙の色を見て下さい」と返したが、紫式部はつぎの歌を返すのであった。 くれなゐの 涙ぞいとど うとまるる うつる心の 色に見ゆれば <あなたの紅の涙だと聞くと一層うとましく思われます。移ろいやすいあなたの心がこの色ではっきりわかりますので> この歌につづけて、「相手の人(宣孝)は、ずっと以前から、人の女(しっかりとした親の娘)を妻に得ている人だったのだ」という注が記されている。 この注がどの時点で記されたものなのか、知る由もないが、いずれにしても紫式部は、たとえ宣孝と結婚しても、自分がどのような立場に置かれるか、はっきりと認識していたことであろう。 ※本稿は、『紫式部と藤原道長』(講談社)の一部を再編集したものです。
倉本一宏
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