ザウバーがF2王者のプルシェールを日本に送り込んだ理由。チーム代表の言葉から漂う“レッドブルとは違う”アプローチ
2024年のスーパーフォーミュラには、F2チャンピオンを経験したF1候補生が参戦している。それがザウバー・アカデミーのサポートを受ける20歳のテオ・プルシェールだ。 【動画】2024年スーパーフォーミュラ第1戦鈴鹿:決勝ハイライト プルシェールはF4、F3をトントン拍子で卒業すると、2021年には17歳の若さでFIA F2へのフル参戦を開始。3年目の2023年シーズンにはチャンピオンを獲得したが翌年のF1レギュラーシートはなく、今季はキック・ザウバーのリザーブドライバーを務める傍ら、TEAM IMPULからスーパーフォーミュラに参戦している。 近年のスーパーフォーミュラには、ストフェル・バンドーンやピエール・ガスリー、リアム・ローソンなど、F1デビューに近い有力な外国人ドライバーが度々参戦してきたが、プルシェールらを“1期生”に2019年から活動しているザウバー・アカデミーが日本にドライバーを送り込むのは初。その背景にはどんな考え、思惑があったのだろうか? ザウバーのチーム代表であるアレッサンドロ・アルンニ・ブラビに、F1日本GPの金曜日に話を聞いた。 2023年からチームを率いるアルンニ・ブラビは、実はレーシングドライバーのマネージャーも歴任してきた人物。2014年の日本GPの事故で命を落としたジュール・ビアンキもそのひとりだ。そのため彼にとって、日本は色んな意味で様々な思い出がある国だという。 「私にとって、日本は色んな意味で特別な場所だ」 「若い頃は家で父とレースを見ていて、ミハエル・シューマッハーが日本での最終戦までミカ・ハッキネンらとチャンピオンを争ったりしていた。4時とか5時に起きて日本GPを見たのは良い思い出だね」 「そして自分にとって(日本での思い出の)転換点となったのが、ジュール・ビアンキのアクシデントだ。私はニコラス・トッドの下で彼のマネージャーをしていたんだ。2014年10月5日のアクシデントの時、私はここにいた」 「そういった悲しい思い出もあるけれど、日本の人々は素晴らしい。情熱と親切さがある。自分にとっては嫌な思い出もある場所だけど、ここに来るたびに人々が歓迎してくれて、日本での時間を心から楽しむことができている」 そしてプルシェールをスーパーフォーミュラに送り込む決断に至った経緯を聞くと、アルンニ・ブラビは「スーパーフォーミュラは世界的に最も競争力の高いシリーズなので、常に検討してきた。F2を走ったドライバーにとって、これ以上にF1への準備となるカテゴリーはない」と説明。WEC(世界耐久選手権)という選択肢もあったものの、上記の理由から日本で経験を積ませることにしたという。 また、参戦にあたってザウバーは3つのチームとコンタクトを取ったというが、ターゲットにしていたのはトヨタ陣営のチームだという。これはプルシェールが仮にF1まで辿り着けなかった場合、彼のレーシングドライバーとしての選択肢が広がるという考えもあったようだ。 「昨年末のポストシーズン前に、3つのチームとコンタクトをとった。ターゲットにしていたのはトヨタのサポートを受けるチームだった」 アルンニ・ブラビはそう語る。 「我々にとって、トヨタは理に適った選択肢だった。トヨタ陣営のチームの中では、もちろんインパルはトムスと共に最も競争力のあるチームのひとつだ。だからインパルを選ぶのは自然なことだった」 「彼は我々のリザーブドライバーだが、万が一、正ドライバーになる機会を得られなかった場合、トヨタとの繋がりでWECだったり、スーパーフォーミュラやスーパーGTのGT500で走るチャンスも開けると思っている」 そんなプルシェールにとってのスーパーフォーミュラ初レースは3月に鈴鹿で行なわれたが、結果は予選16番手、決勝18位と苦しいものだった。アルンニ・ブラビは「開幕戦はチームが適切なセットアップのウインドウに入れるのに苦労していたようだ」としつつ、「彼は12月のポストシーズンで既に速さを見せていた。インパルが次戦に向けて懸命に改善しようとしていることも知っているし、今後より競争力をつけてポイントや表彰台を争えると思っている」と話した。 例えばレッドブル陣営は、スーパーフォーミュラを自分たちが抱えるジュニアドライバーの“最終試験場”と位置付けているように感じられる。ただプルシェールは以前motorsport.comに対し、自分がスーパーフォーミュラで何か実力を示す必要があると感じるかという問いに対し、「僕がF1に乗れる能力があるかどうかについて彼らが確信できていなかったとしたら、僕としては言えることはない。つまり、F2チャンピオンというのは若手ドライバーが達成し得るものの中で最高のものだと思っている」と語っていた。 ザウバーとしても、プルシェールの能力を試すような意図はないようで、例えば「F1昇格にはタイトル争いをすることが必須」といった特定の目標は設定していないという。 「テオが良いドライバーであることは当然知っている。彼のパフォーマンスは分かっているし、彼がF1に行けばどれほどチームに貢献できるかも分かっている」とアルンニ・ブラビは言う。 「彼が正ドライバーになるには色々な要素が絡んでくる。我々にとっては来年に向けてベストなドライバーラインアップを見極めないといけない。2025年に関しては、次の年にアウディF1チームになるということも考慮しないといけない」 「バルテリ(ボッタス)と周(冠宇)は素晴らしい選択肢だが、我々はドライバーマーケットで起こり得るあらゆることに注目している。その上でどの組み合わせがベストかを決めるので、候補から外れているドライバーは誰もいない。だから特定のターゲットはないし、彼がどの選手権でもチャンピオンになれるということを確認する必要もない」 ともかくプルシェールによって「ザウバー育成ドライバーがスーパーフォーミュラへ」という前例ができたわけだが、ザウバーは現在、F2で選手権トップに立つゼイン・マローニもサポートしている。そういった後進たちもスーパーフォーミュラに送り込まれる可能性もあるのかと問うと、「ああ、良い選択肢になるだろう」とアルンニ・ブラビ。アルピーヌ育成のジャック・ドゥーハンもスーパーフォーミュラ参戦を検討したことが明らかになっており、多くのF1チームにとってスーパーフォーミュラが今まで以上に検討すべきフィールドになっているのは間違いないだろう。
戎井健一郎
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