前野隆司教授に聞く「幸せな組織づくりの秘訣」とは(前編)
■「やってみよう」から「ありのまま」まで: 幸せを科学する4つの鍵
――非常に興味深いお話です。では、先生の研究から明らかになった「幸せの4つの因子」について詳しく教えていただけますか。これはどのようにして分かったのでしょうか。 「幸せの4つの因子」は、1500人の日本人を対象に100問近いアンケート調査を実施し、その結果を因子分析という手法で分析した結果、得られたものです。この調査は1980年代から続いてきた、心理学における幸福度研究を基盤としています。 4つの因子の1つ目は、『やってみよう』因子。やりがい、生きがい、成長などに関係しています。2つ目が『ありがとう』因子。感謝や人間関係に関係します。3つ目が『なんとかなる』因子で、これはチャレンジ精神や楽観性のこと。そして4つ目が『ありのままに』因子で、人と自分を比べすぎないことや個性の尊重を表します。 この4つの因子の研究は、日本の幸福度研究のひとつとして意義のあるものだったと思います。というのも、それまでの幸福度研究は主に西洋の文化圏で行われていたものが多かったのです。この研究では日本人を対象にしたことで、日本における幸せ研究が社会で知られるきっかけになったと思います。 『なんとかなる』という因子は、日本人特有の「諦観」の精神と関連しているかもしれません。困難な状況でも「なんとかなるさ」と前向きに捉える姿勢ですね。また、『ありのまま』の因子も、自然との調和を重視する東洋的な考え方と通じるものがあります。
■ 感謝の文化からダイバーシティまで: 4因子で組織を活性化
――4つの因子を企業経営に生かすなら、どのような取り組みが考えられますか。また、導入時の課題やその解決方法についてもお聞かせください。 まず『やってみよう』因子については、従業員に対して適切な権限委譲を行い、自分の責任で仕事ができる環境を作ることが大切です。また、会社の目的と自分の目的が一致していると感じられるよう、ビジョンの共有や対話を大切にすることも重要です。 『ありがとう』因子は、職場での感謝の表現を増やすことから始められます。例えば、「今日までにやって当たり前」ではなく、「今日までにやってくれてありがとう」というような温かい言葉が行き交う職場づくりをしましょう。 『なんとかなる』因子は、チャレンジを推奨する文化を作ることです。失敗を恐れずにリスクを取ることを奨励し、たとえ失敗しても、それを学びの機会として捉える風土を作ることが大切です。 最後の『ありのままに』因子は、ダイバーシティ&インクルージョンにつながります。多様な個性を持つ人々が、お互いを尊重し合える環境を作ることです。これは単に法令順守のためではなく、多様な視点が新しいアイデアを生み出す源泉になるという認識が重要です。 これらの因子を意識的に取り入れることで、従業員一人ひとりが幸せを感じ、その結果として組織全体のパフォーマンスが向上するのです。 ただし、導入時には課題もあります。例えば、既存の企業文化との軋轢や、短期的な成果主義との対立などが考えられます。これらの課題に対しては、経営層のコミットメントと、無理のない導入が有効でしょう。また、従業員との対話を重ね、彼らの意見を取り入れながら進めることも大切です。 さらに、これらの取り組みの効果を定期的に測定し、フィードバックを得ることも重要です。例えば、従業員満足度調査や生産性指標の変化などを追跡し、必要に応じて施策を調整していくことが望ましいでしょう。