ブレイディみかこ「《共感》だけではその先に進めない。知識人や政党の力を借りず、弱い立場の当事者が自分たちで状況を変えた、実話を元に」
英国ブライトン在住で、『子どもたちの階級闘争』『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』などの著書をもつブレイディみかこさん。『婦人公論』本誌・WEBでエッセイ「転がる珠玉のように」も好評連載中です。そのブレイディさんの2作目となる長篇小説は、イギリスで実際に起きた出来事をモデルとした物語。女性が自分たちの置かれた状況に異を唱え、立ち上がった出来事を、日本の人たちにも知ってほしいと思ったそうで――。(構成:古川美穂 撮影:藤澤靖子) 【写真】『リスペクトR・E・S・P・E・C・T』 書影 * * * * * * * ◆イギリスで実際に起きた出来事をモデルに 本書は私の2作目の長篇小説となりますが、0から作り上げた物語ではありません。イギリスで実際に起きた出来事がモデルです。 2014年、ロンドン東部にある公営のホームレスシェルターから突然立ち退きを迫られたシングルマザーたちが、再開発して高値で売る目的で空き家になっていた公営住宅を占拠しました。 イギリスではサッチャー政権以来、経済政策の一環として公共支出の削減が実施されてきたという背景があります。この状況に異を唱えた彼女たちはグループを作り、「必要なのは空き家を投資対象にすることではなく、そこに低所得者が住めるようにすることだ」と訴えました。この運動は多くの注目を集め、最終的に区長から公式に謝罪を勝ち取ったのです。 知識人や政党の力を借りず、弱い立場の当事者が自分たちで状況を変えた。そんな話は前代未聞で痛快で、こんなふうに連帯して立ち上がった女性たちがいることに、私も勇気づけられました。
◆「共感」するだけじゃ進めない 低所得層の人たちが住んでいた地域が再開発され、おしゃれで小ぎれいな町に生まれ変わる。その結果、住宅の値段や家賃が高騰する「ジェントリフィケーション」という現象は、世界中で起きています。日本でも東京や大阪など都市部で発生していて、元の住人である貧しい人々が追い出される問題性は指摘されているものの、反対運動はあまり見られません。 また、日本はジェンダーギャップ指数が非常に低く、先進7ヵ国の中では最下位。不平等に苦しむ女性がたくさんいるのが現状です。それなのに、声を上げるより、諦めのムードが広がっているように見えます。だから私は、女性が自分たちの置かれた状況に異を唱え、立ち上がったこのロンドンでの出来事を、日本の人たちにも知ってほしいと思ったのです。 問題をより身近に感じてもらうため、ロンドン駐在で日本の新聞社に勤める史奈子という女性記者を、物語の案内役にしました。彼女自身もまたこの出来事を取材するなかで変化していきます。 本書の冒頭で、占拠グループのリーダー的人物であるジェイドが「あたしたちが求めているのは少しばかりのリスペクトなのです」と演説する場面を描きました。 日本では「リスペクト」をもっぱら「尊敬」という意味で使いますよね。でも実は違う意味もある。自分と違う文化や考え方、バックグラウンドを持った人たちと接する時に、それがたとえ自分には理解しがたくても、相手を侮辱したり傷つけたりしない「思いやり」もまた、「リスペクト」というのです。 以前、人種差別問題なども扱ったエッセイで、当時中学生だった私の息子が言った言葉「エンパシー(共感、感情移入)とは、自分で誰かの靴を履いてみること」と書いたところ、大きな反響がありました。だから今回は、「他者の靴を履いてみたその先」を書きたかったのです。
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