便利な中国、不便な日本――両国の文化的現在
建築様式の違いによる「個の文化」・「家の文化」・「族の文化」
もともと僕は建築様式の比較から文化様式の比較を考えてきた。ここでそれを日中の比較として整理してみたい。 両国は同じような木造建築の文化と思われがちだが、それは主として日本の宗教(仏教)様式が中国から来たものであることによるのであって、実際にはかなり異なる。中国の一般的な住居は壁面を土壁あるいは煉瓦造とすることが多い。室内に土足で入り早くからイスを使う点でもヨーロッパに近く、また都市を城壁で囲うという点でも、中東やヨーロッパと共通する。ただし屋根は木造であり、宗教建築も木造軸組なので、中国では軸組式と組積式が混在しているというべきであろう。 さて西洋の建築は石や煉瓦の組積式であり、壁が基本である。日本の建築は木造の軸組式であり、屋根が基本である。壁は人と人を隔てるものだが、屋根は人をまとめて覆いをかけるものだ。そのことから、西洋では、壁で囲まれた最小空間としての「個室=個人」と、最大空間としての「都市=市民」が社会構成の基本的な要素となり、日本では、屋根の下の「家」という枠組みが社会構成の基本的な要素となる。 これを中国に当てはめれば、組積式の「壁=個」の文化と、軸組式の「屋根=族」の文化が共存しているととらえられる。「族」とは家族の族であり、「家」という枠組みが強い日本とは異なり、「族」すなわち親族、同郷、友人という人間関係の方が強い。コネの社会といわれるのはその「個と族」の文化を指す。より図式的に、ヨーロッパは「個の文化」、日本は「家の文化」、中国は「族の文化」といった方が分かりやすいかもしれない。 文化というものを、社会構成の様式ととらえ、都市化(文明化)の様式ととらえれば、建築様式がそれを象徴することは考えられることだ。
中国語の特徴
少し前に中国語を勉強し、他の言語と比較してきわめて明瞭な文化的特徴があることを感じた。 中国語では質問に対して「はい」と「いいえ」で答えることをほとんどしない。「あなたはご飯を食べますか」と聞かれたら「食べます」あるいは「食べません」と答えるのだ。非常にはっきりした意思表示である。 またもう一つ。中国語には命令文というものがない。「あなたはご飯を食べる」と「あなたはご飯を食べなさい」が同じ文章なのだ。会話上は語気の強さで区別できるが文章上はできない。これは中国語がもともと指示的な言語であることによるといえないだろうか。意思表示がきわめて明瞭で、言語自体が主張を基本とする。「明示と主張」の文化なのだ。 こういった中国語の特徴の多くは、漢字という文字の性質に起因しているように思われる。占いの内容を告げる甲骨文字から始まった漢字は、単なる音の記号であるアルファベットとは違って、それ自体意味をもち、人を呪縛するような指示力をもつ。漢字学者の白川静はこれを「呪能」と呼んだ。 僕は中国の街を歩くたびに、そこに掲げられた文字が単なるサインを超えた強い力を放射することを感じてきた。今回も、ビルの名前、交通標識などに加えて、街のあちこちに旗のようなものがぶら下がり、あるいは歩道の手すりにボードが取りつけられ、そこにいくつかのスローガンが書かれているのが目についた。習近平政権になってから、政治的なスローガンが増えたともいう。 いわば街並そのものが思想教育の場となっているのだ。