「彼に幻想、キノコで幻覚、気づけば病院……」 マジックマッシュルームの“味見役”にされた女子大生の悲劇
「死ねるかなと思って」
B子はこうも説明した。 「実は、あの男は私と地元が同じで、今はドラッグのプッシャーをやってますが、高校を中退してからずっとホストをしていたんです。女狂いの整形マニアでいつも女に金をせびっていました。私にちょっかいを出したことも……。正直にお話すると、地元の仲間は彼から野菜(※大麻の隠語)などを買っていました。私がタイに遊びに行ったとき、たまたま彼らとツアーで一緒になって、語学留学中でタイにいた彼女を軽いノリで紹介したんです。そしたら彼女、本気になっちゃて……」 男は無類の甘え上手で、容姿は韓流アイドル並み。異性との交際経験が一度もない彼女は、簡単に騙されてしまったという。交際は約1年半続くが、B子が見舞いに行った際、彼女はこんなことを口にしたそうだ。 「分かっていたの。もう飽きられて利用されているだけって。だけど、どこかで信じていたの。でも、もう身体が辛くて……。この間、彼に言われて作った、睡眠薬入りのキノコカプセルを沢山飲んだの。死ねるかなと思って。彼への当てつけの意味もあってね……。でも、だめだった。麻薬取締官とお姉ちゃんに発見されて助けられちゃった」 この話を聞いたB子は衝撃を受け、姉に全てを打ち明けたという。
「改札を通過させてから押さえる」
その半月後、元ホスト男が付き合っていた別の女性のマンションが割れた。郊外に住む水商売の女性で、付き合いはまだ浅い。「次はこの子がターゲットか」と思いながら、我々はマンションと、最寄り駅で監視体制を敷いた。それから2日後、薄いサングラスをかけた男が電車を降りて改札口に向かった。 ――来たな。改札を通過させてから一気に押さえる。こいつ、走るぞ! 私は男に近づくと、「新しいモルモットのところへ行くのか?」と声をかけた。その瞬間、男は振り向きもせずに駅の出口へ向かって猛ダッシュする。しかし、出口周辺は頑強な捜査員が固めている。「こら、大人しくしろ」と一喝され、簡単に取り押さえられた。 男は逮捕状を執行されると「俺は巻き込まれただけだって! すべて女がやっていたことだから関係ないよ! 弁護士を呼べ! 呼んでくれ!」と喚き散らしていた。 彼女が逝ったのは、それから半年後のことだった。姉がこう連絡してきたのだ。 「妹は心血管系疾患を発症して亡くなりました。身体が悪いのが分かっていながら、大学進学と共にひとり暮らしを許し、短期とはいえ、タイ留学までさせたことがまずかったのだと両親と一緒に反省しています。本人は“あの人、本当は優しかったんだよ。パタヤへ行きたかったな”と何度も言っていました。情けないというか、可哀想というか、言葉になりません。これまで本当にありがとうございました」 物語は、実に稚拙で悲しい幕切れとなった。 こんな寄生虫のような男は、今後も女を苦しめ続けるだろう。だが、それ以前に薬物がなければ、彼女は命を落とすことはなかったはずだ。「彼に幻想、キノコで幻覚、気づけば病院……」と口にした彼女の笑顔が忘れられない。 薬物の世界にハッピーエンドはない。こんな現実があることを知ってほしい。 (※この物語は彼女の親族の承諾を得て纏めたもの。故人のプライバシー保護の観点から、シチュエーションと病名は僅かに変更してある) 第1回【真面目な女子大生はなぜ大量の「幻覚キノコ」を摂取したのか…麻薬取締官が「もはや人体実験」と絶句した壮絶な現場】では、マトリが彼女を発見した壮絶な現場について報じている。 瀬戸晴海(せと はるうみ) 元厚生労働省麻薬取締部部長。1956年、福岡県生まれ。明治薬科大学薬学部卒。80年に厚生省麻薬取締官事務所(当時)に採用。九州部長などを歴任し、2014年に関東信越厚生局麻薬取締部部長に就任。18年3月に退官。現在は、国際麻薬情報フォーラムで薬物問題の調査研究に従事している。著書に『マトリ 厚生労働省麻薬取締官』、『スマホで薬物を買う子どもたち』(ともに新潮新書)、『ナルコスの戦後史 ドラッグが繋ぐ金と暴力の世界地図』(講談社+α新書)など。 デイリー新潮編集部
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