能登半島地震まもなく1年 石川県珠洲市で高校生ウエイトリフティング選手たちを支える、岩手出身の女性指導者
「祖母が初詣に行っていて、近所の人の家に寄った時に地震が来て亡くなってしまったんですけど」 (中島選手) 「今年はオリンピック出れなかったので、2028年はオリンピック出るという気持ちでこれからやっていきたいと思います」 苦境にあってもなお、前へ歩もうとする子供たち。浅田さんの心はいつも彼らとともにあります。 「(見捨てて出ていくことはできない?)そんなことは絶対出来ない、それだけはできない。出てけって言われても出ていかない。子ども達がいる以上は」「珠洲と我々をつなぎとめるものは、ウエイトリフティング、子ども達のウエイトリフティング」 二つの大災害を経験した浅田さん。苦難を乗り越え目指す先はー。 「やっぱりオリンピックっていうのは外せないフレーズでもあるので、いつか必ずそれを実現してくれる選手を育てていきたい」 能登半島地震から、まもなく1年。 復旧復興はまだまだ道半ば、浅田さんと子ども達の夢の道のりも、まだ半ばです。 2025年、被災地の、2年目の戦いが、始まります。〆
IBC岩手放送