最初のベントレーTシリーズ(1) シルバーシャドーのエンブレム違い 倉庫に放置されていた歴史
ロールス・ロイスのエンブレム違いに過ぎない
2つの銘柄を差別化したのはディティール。フロントグリルとボンネット、ホイールキャップ、メーターパネルなどが異なった。 ボディは4ドアサルーンのほか、傘下のコーチビルダー、マリナー・パークウォードによる2ドアサルーンを設定。コンバーチブルのコーニッシュも用意された。モノコック構造化により、社外のコーチビルダーが手掛けるコンチネンタルは選択肢から削られた。 シルバーシャドーとTシリーズは、技術的には同一。ベントレーは、エンブレムを張り替えたロールス・ロイスに過ぎない、という関係性は強化された。かといって、ベントレー・ブランドをないがしろにする意図はなかったようだ。 1965年9月に用意された資料には、シルバーシャドーと同等の扱いで、T1のイラストが紹介されている。それでも、このモデルを境にベントレーの生産は減少していった。 発売からフェイスリフトを受ける1977年までを見ると、ロールス・ロイスはシルバーシャドーを1万6717台提供。一方のベントレーは、Tシリーズを1712台しか販売していない。 また、マリナー・パークウォードの2ドアサルーンとコーニッシュも、ロールス・ロイスは約5500台生産している。エンブレム違いのベントレーには、279台しか注文が寄せられなかった。 ロングホイールベース版のシルバーシャドーも、2780台が売れている。対して同等のベントレーは、9台に留まった。1977年にシルバーシャドー IIとT2へアップデートされるが、人気の差は開く一方といえた。
防水シートで覆われた悲惨な状態
かくして、商業的な成功を収めたシルバーシャドーと、その兄弟のTシリーズ。反面、技術的な複雑さと販売数の多さを理由に、中古車の価値は急落していった。放置された例が少なくなく、今回ご紹介する1台のような例は極めて珍しい。 ベントレーの広報チームに属する、ウェイン・ブルース氏とマイク・セイヤー氏は、この重要性を理解していた。倉庫で発見したT1を、完璧なレストアで蘇らせた。生産ラインを最初に旅立ったシルバーシャドー・ファミリーを、後世へ残すために。 ブルースが振り返る。「かつて工場のあったクルー近郊の倉庫に、沢山の車両が保管されている事実を知っていました。マクラーレンから移籍したわたしが、その倉庫へ入ったのは2019年10月。素晴らしい光景でしたね」 「そこに、ホイールの特徴からTシリーズだと明らかなサルーンがありました。防水シートで覆われた状態で」 「レストア途中で放置された、悲惨な状態でした。塗装の一部は磨かれていましたが、ボディは錆びていて、車内には古い配線やタイヤが押し込まれていました。でも、後ろ側のシートを持ち上げると、北米のT1001のナンバープレートが付いていたんです」 「同僚と、これは最初のTシリーズに違いないと考えました。その時、復活の必要性を確信したんですよ」 この続きは、最初のベントレーTシリーズ(2)にて。
マーティン・バックリー(執筆) 中嶋健治(翻訳)