富・魔女・抵抗…赤い口紅の多彩な5500年史、メソポタミアの女王からテイラー・スウィフトまで
王族から魔女まで
中世、「十字軍が中東で広まっていた化粧を西欧に再導入したとき、口紅は少し危険な魅力を帯びた」とシェーファー氏は書いている。化粧はキリスト教にとって、謙虚さと神が創造した自然な美しさを重んじる宗教的な教えに反するものだった。 イングランドでは、赤い口紅には悪霊を追い払う力があると考えられていた。女王エリザベス1世はこれを信じ、コチニール、アラビアゴム、卵白、イチジクの樹液から特別につくられた深紅の口紅を塗っていたことで有名だ。ここから流行に火がつき、エリザベス1世の在位中(1558~1603年)、赤い口紅の人気が急上昇した。 しかし、後継者であるジェームズ1世(在位1603~1625年)の時代になると、魔術への恐怖が広がり、化粧としての口紅に暗い影を落とした。1770年までに、男性を結婚へと誘い込む手段として化粧を使っていると見なされた女性は、魔女として裁かれる可能性があるという法律が制定された。 20世紀初頭の女性参政権運動で、赤い口紅は新たな意味合いを持つようになった。女性の権利を求める闘いの象徴だ。 化粧品ブランドを立ち上げたエリザベス・アーデンは1912年、女性参政権運動のメンバーに口紅を配った際、エリザベス・キャディ・スタントン、シャーロット・パーキンズ・ギルマン、エメリン・パンクハーストといった女性たちに、勇気の印として赤い口紅を塗るよう呼び掛けた。 その後の数十年、赤い口紅の人気はますます高まっていった。ファッション誌「ヴォーグ」は1933年、「もし20世紀のジェスチャーを後世に残すとしたら、口紅を塗ることがその筆頭だ」と断言している。 第2次世界大戦までに、赤い口紅は抵抗の象徴から愛国的な女性、不屈の精神の象徴へと変化し、「ファイティング・レッド!」や「ビクトリー・レッド!」といった色が人気を集めた。赤い口紅は「戦争の遂行に不可欠な要素」だったとシェーファー氏は書いている。 アーデンは女性海兵隊員の軍服の真っ赤な縁取りに合う口紅をつくり、工場の更衣室には労働者の士気を高めるための口紅が置かれた。アドルフ・ヒトラーはそれを嫌っていたようだ。 大胆な赤い口紅は、第2次世界大戦後も定番アイテムであり続けた。オードリー・ヘップバーン、マリリン・モンローといったハリウッドスターがファッションの定番にしたためだ。その遺産は今、真っ赤な口紅を愛用するテイラー・スウィフトのようなセレブリティーに受け継がれている。 しかし、時代を超えたその魅力は人々に力を与え続けており、赤い口紅は抵抗と強さの象徴としての地位を確固たるものにしている。ニカラグアでは2018年、「#SoyPicoRojo(私は赤い唇)」キャンペーンが行われ、独裁政権に抗議するため、女性も男性も赤い口紅を塗った。チリでは2019年、何千人もの女性が赤い口紅を塗って性的暴力に反対し、大胆な赤い口紅は決して流行遅れにならないことを証明した。
文=Faye Keegan/訳=米井香織