パナマ文書が公開された経緯とは? ICIJに参加した朝日・奥山氏に聞く
「パナマ文書」によって世界的にその名が知られるようになった国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)。この調査報道NPOはこれまでにも各国のジャーナリストと協力しながら、世界的規模のスキャンダルにスポットライトを当てている。パナマ文書に関する調査報道では日本からもジャーナリストが参加している。その一人、朝日新聞の奥山俊宏編集委員に話を聞いた。インタビューの前編は、パナマ文書に関する調査報道に奥山氏がどう携わったか、記事公開後の印象やこれからの課題について聞いた。後編では、米メディアの中で既に大きな存在となっている非営利の調査報道機関について、奥山氏のコメントを交えて紹介したい。(ジャーナリスト・仲野博文) 【写真】「オフショア取引」と「タックスヘイブン」とは?
わずか数か月……タイトなスケジュール
ICIJが世界各国のジャーナリストと連携しながら行ったパナマ文書に関する調査報道。日本から参加したジャーナリストの一人が、朝日新聞の特別報道部に在籍する編集委員の奥山俊宏氏だ。奥山氏は過去にもICIJの調査報道プロジェクトに参加しているが、ICIJのプロジェクトに参加するようになったきっかけは何だったのだろうか。 「ICIJの事務所に初めて行ったのが、2008年5月。当時の上司から『アメリカの非営利組織で調査報道をやっているという話を聞いたのだが、その実態について調べてきてほしい』という指示があったのと、別のテーマでの取材もあったため、2008年5月にアメリカに行きました。ニューヨークのプロパブリカや、ワシントンですとセンター・フォー・パブリック・インテグリティ(CPI)、サンディエゴのボイス・オブ・サンディエゴ。これらは今でもアクティブに活動している非営利の調査報道機関ですが、それぞれを訪ねて回りました。その過程でCPIを訪れた際に、CPI内で国際的な調査報道を担当するICIJの存在を聞き、その場で事務局長を紹介されたというのが始まりです」(奥山氏) パナマ文書に話を移そう。匿名の情報提供者から南ドイツ新聞にコンタクトがあったのが1年以上前。2.6テラバイトのデータがICIJに送られ、世界各国で400人近いジャーナリストも参加して、過去に前例のない大規模な調査報道が実施された。意外にも、ICIJ側から奥山氏に調査報道プロジェクトへの参加依頼が来たのは発表の数か月前だった。 「パナマに関するタックヘイブンの文書を入手したという話を聞いたのは、今年の1月です」 過去にもICIJの調査報道プロジェクトに参加していた奥山氏だが、パナマ文書に関するプロジェクトは過去に携わったものよりも短期間での調査や取材を求められたのだという。再び奥山氏が語る。 「『ルクセンブルグ・リークス』のケースでは2014年11月に記事を出す半年以上前からやっていました。『オフショアリークス』の場合も2012年6月に最初の話を聞き、2012年9月に実際にICIJの事務所にファイルを取りに行って、記事が出たのが2013年4月でした。それに比べると、今回は1月に話を聞き、その時点で原稿解禁の日付も聞いていました」 奥山氏は東日本大震災以降、福島第一原発事故に関する取材を継続して行っており、パナマ文書に関する国際的な調査報道プロジェクトへの参加は、時間との戦いでもあった。 「私は福島第一原発事故をテーマにした取材をこの5年間やってきていまして、2016年3月11日で震災から5年を迎えるということもあり、それに合わせて福島第一原発事故に関する特設面を作り、その取材班の中に入っていましたので、時間は非常にタイトでした」