「イーロン・マスクが英国政治に介入 首相を失脚させる嘆願を拡散」ブレイディみかこ
英国在住の作家・コラムニスト、ブレイディみかこさんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、生活者の視点から切り込みます。 【写真特集】大物がズラリ!AERA表紙フォトギャラリーはこちら * * * トランプ次期大統領当選の立役者と言われたイーロン・マスクが、英国の政治にも介入を始めた。英国では、7月に総選挙で政権交代が起きたばかりだが、再び総選挙を求めるネット嘆願が立ち上がっており、マスクがそれをXで拡散した。以来、急激に署名が増えており、英国内では、「イーロン・マスクはスターマー首相を失脚させようとしている」という声も上がっている。 ネット嘆願は英議会の公式な制度だ。署名が1万を超えたら政府が回答し、10万になったら議会で討議される。署名は、今の時点で300万近くあり、遥かに超える勢いだ。 ネット嘆願を立ち上げたのは、小さな町のパブの店主だ。英政府の選挙公約撤回に失望し、「首相を代える方法」とグーグル検索したら、嘆願運動を始めろと出てきたらしい。これだけなら、草の根の活動だったが、米国の新政権で主要閣僚になる人物がXで宣伝しているとなれば話は変わる。スターマー首相は、嘆願運動について「国はそのようには機能しない」とコメントしているが、マスクは英政府の支持率の低さを皮肉り、「ファシスト」「専制的警察国家」と呼んで批判している。 英政府の支持率の著しい低さは事実だし、労働党政権への失望や怒りは多くの人が共有している。しかし、直接民主主義の手法を権力者がハイジャックし、「ピープルの声」の代弁者であるように振る舞う姿を見ていると、ピープルをバカにするなと言いたくなる。そもそも、選挙のやり直しを求めるのが「ピープルの意思」なら、数カ月前の選挙で投票したのはピープルではなかったのか? それとも、総選挙で票を投じたのはBOTだったとでも言うのだろうか? どちらかといえば、ネット嘆願のほうがBOTが署名するのは簡単そうだと思うが。 世界的な「選挙イヤー」の最後の話題がこれかと思うと皮肉なものだが、「自分の意に沿わない投票結果が出たら、覆そうとする」という態度が大混乱を招くことを英国の人々は知っている。揉めに揉めたEU離脱プロセスの、憎悪と虚無感に満ちた時期の記憶が生々しいからだ。あれを繰り返したいと思う人の数は限定的で終わると信じたい。 ※AERA 2024年12月16日号
ブレイディみかこ