理不尽に奪われた幼い命が、あまりに痛ましい。 　中国広東省深圳にある日本人学校近くで、同校に通う日本国籍の男子児童（10）が男に腹部を刺され、死亡した。 　歩いて母親と一緒に登校中、刃物で襲われた。中国在住の邦人社会に衝撃と不安が広がっている。 　中国では6月にも、江蘇省蘇州で日本人学校のスクールバスを待っていた母子が切りつけられる事件があったばかりだ。 　子どもを標的とした卑劣な凶行の真相を解明し、在留邦人の安全確保を日中政府間の最重要課題として取り組まねばならない。 　容疑者の男（44）は現場付近で警備に当たっていた警察関係者に取り押さえられた。日本人を狙った犯行だったかどうか、動機などに関する供述は明らかになっていない。事件を起こした経緯や背景の詳しい捜査と公表を求めたい。 　事件のあった深圳は、中国が改革・開放路線にかじを切った直後の1980年に外資を呼び込む経済特区となった。京都企業をはじめ電子部品産業を中心に日系法人が多く進出しており、関係者の動揺は大きい。 　蘇州の切りつけ事件後、日本総領事館は職員を日本人学校に派遣し、スクールバスのルートや学校周辺を調べて安全対策を強化していた矢先だった。 　今回の事件を受け、北京や広州の日本人学校は職員による見守り強化や登下校を保護者同伴とする対応を取ったという。既に蘇州では、複数の邦人駐在員が帯同の家族を帰国させている。 　中国当局によるスパイ容疑での邦人拘束などと併せ、日中関係や日本企業の対中投資などへの影響が広がりかねない。 　現時点で犯行との関係は不明だが、深圳の事件当日は、93年前に満洲事変の発端となった柳条湖事件が起き、中国で「国辱の日」と位置付けられている。中国の短文投稿サイトに「日本人は出ていけ」などと書き込まれ、反日感情が高まりやすい中だった。 　中国では、景気低迷下で失業した中高年らによる無差別の殺傷事件が相次ぎ、邦人に限らず外国人らが被害に遭っている。 　こうしたヘイトクライム（憎悪犯罪）の背景に、習近平指導部の強権支配やスパイ防止法など排外政策の影響が指摘されている。不満のはけ口が、在留外国人や弱者へしわ寄せされていないか、中国当局は実態を直視し、抜本的な再発防止策を図る必要がある。