小学校の先生「過酷すぎる労働環境」のとある背景 教員数を決める「学級数×係数」に改善必要な訳
なぜ、小学校教員の担当授業数は多いのか?
小学校の先生の持ち授業数が多い問題の背景には、義務教育標準法という法律がある(高校については高校標準法)。教員定数という国が決めている標準的な教員数は、基礎定数と呼ばれているものと、加配定数という+α分があるが、大部分は基礎定数である。その基礎定数というのは、大部分、次の計算式に基づいて算出されている。 「学級数×係数」だ。これだけ?と言われれば、これだけの式。「学級数」というのは、小学校では1学年35人以下学級と上限が決まっているので、例えば、1学年40人児童がいれば2学級となる。学級数は、少子化の影響を受けるが、児童数と直接リンクするわけではない。もともと1学年に30人しかいない小規模校が、20人に減っても、1学級のままだ。 それより問題なのは係数のほうだ。「乗ずる数」とか「乗ずる率」とも呼ばれる。次の文科省資料のとおり、小学校と中学校ではこの乗ずる数が異なっており、同じ学級数でも中学校のほうが比較的大きな係数となっている。 同じ義務教育なのに、なぜ、乗ずる数が違うのかと言われれば、中学校は教科担任制を前提としていて、小学校は学級担任制を前提としているから、というのが文科省の説明だ。中学校では小規模校を除いて、少なくとも9教科の教員は配置しておかないとならないのに対して、小学校ではそうした制約はない。 以上の事情から乗ずる数が小さい小学校、つまり学級担任以外の教員数が比較的少ない小学校では、大規模校を除いて、1年目の新人から学級担任を担わないと回らないような体制だし、新型コロナをはじめとして感染症のときも代替できる人が少ない脆弱な体制なのだ。
世間と政治家の注目を浴びにくい、乗ずる数の問題
義務教育標準法が成立したのは1958(昭和33)年。何度か改正されているが(直近では小学校の35人以下学級化など)、小・中学校の教員数を「学級数×係数」で決める基本的な考え方は、60年以上変わっていないし、乗ずる数の大幅な改善もなされていない。 国政選挙などでも、もともと教育について注目されることが少ないという問題に加えて、各政党や候補者が言及しても、おそらく少人数学級のほうではないだろうか。たしかに1クラス小学校で35人、中学校、高校では40人最大いるというのは、個別最適な学びなどと言っておきながら問題があるが、クラスサイズが変わっても(例えば30人以下学級になっても)、1日6時間目までの授業を出ずっぱりという事態の改善にはならない。 義務教育標準法の計算式を思い出してほしい。学級数だけを変える改革では不十分であり、乗ずる数の改善こそ、教員の授業準備時間や休憩するゆとりを取り戻す上では不可欠だ。 だが、少人数学級の話あるいは給食費無償化などの話題に比べて、乗ずる数のことや標準法の仕組みはややわかりにくい。新聞やテレビなどのメディアもあまり取り上げようとしない。おそらくそうしたことも影響して、国会議員の関心としても、文科省の政策上の優先度としても、ここ数十年あまり高まってこなかった。 もっとも、近年は小学校での教科担任制を一部導入する動きもあり、文科省もまったく無策であるわけではない。だが、一部教科担任制の導入は加配定数といって、将来も確約された教員数確保ではないし(毎年の予算折衝が必要)、冒頭で紹介したデータのとおり、まだまだ過酷な事態は続いている。 教員不足が深刻化する中「人手不足なのに、標準法を変えたところで、教員数は確保できないでしょ」と思う人もいると思う(きっと財務当局にはそう言われる)。確かにその心配はもっともだが、2点申し上げておきたい。 1つは、急激に進む少子化の中で、「学級数×係数」という算定式のうち、学級数は減っていく(特別支援学級の増減など別途考える事情もあるが)ので、中長期的には必要教員数はダウントレンドである。つまり、乗ずる数の改善をしても、急に教員採用を大幅に増やす必要性は薄い。 もう1つは、因果関係が逆である可能性だ。ここで述べてきたような過密労働を放置し、あるいは1年目の4月当初から重責の学級担任を負わせているような体制を維持してきたから、教員を目指さない人が増え、人手不足が拡大している可能性もある。 あちこちで人手不足の日本社会の中で、学校にばかり人をよこせ、と言いたいわけではない。だが、10年先、20年先の社会を支える今の子どもたちの学びやケアに直結するのが、今回述べた教員数の話であり、教員の勤務環境の問題だ。勤務時間の中で、しっかり授業準備ができ、多少コーヒーブレイクくらいとれる。そんなことを当たり前にしていくことは、高望みなのだろうか? 参考文献 ・山﨑洋介・ゆとりある教育を求め全国の教育条件を調べる会『いま学校に必要なのは人と予算―少人数学級を考える』新日本出版社 ・トッド ローズ『平均思考は捨てなさい──出る杭を伸ばす個の科学』早川書房 ・妹尾昌俊・工藤祥子『先生を、死なせない。――教師の過労死を繰り返さないために、今、できること』教育開発研究所 (注記のない写真:Fast&Slow / PIXTA)
執筆:教育研究家 妹尾昌俊・東洋経済education × ICT編集部