辰吉寿以輝が左拳を痛めても無傷の12連勝。対戦相手に「頬が骨折しているかも」の代償
インファイトを避けたいならばステップを使う手段もあった。父の的確な指示が、もし試合中にあればKO決着もあったのかもしれない。 「もっと辰ちゃんが教えたらいいのでは?」と問うが、父はクビを横に振った。 「ちゃんとしたトレーナーがいるのにそれはルール違反。ウチとトレーナーが違うこと言っていたら寿以輝が戸惑うやん。だから気づいたことがあったらトレーナーに言うようにしている」 辰吉らしい哲学。血を分けた父と子であるが、ボクサーとしては一線を引いている。辰吉は、今回、ボディを生かすための上下の打ち分けコンビネーションの極意をトレーナーに伝えていたという。 実は、当初、日本ランカーとの試合が予定されていたが、相手の怪我で対戦相手が変わり、ホップ、ステップのペースが1試合停滞することになった。だが、寿以輝は「モチベーションは下がっていなかった。相手も弱くないんで」という。気持ちの作り方が難しい試合を12連勝につなげたのも辰吉家のDNAなのだろう。 吉井会長は「6回が一番よかった。力抜けてね。あれだけの打ち合いができるスタミナもアピールした。ジャブ、コンビ、上下の打ち分けという課題もクリアした。試合で育っている」と評価。「99点」を与えた。そして、年内に10位以上の日本ランカーと対戦、来年にも日本タイトルに挑戦させる構想を明らかにした。 「相手はもう決まっている。場所と日程だけ。そこをステップに来年、タイトルを狙わせたい。隠れた才能が出てきたんやないですか」 パワーは申し分ない。今必要なのは、そこに肉づけしていく、より高いプロのスキルと経験。コンビネーション、ディフェンス技術、そして、あらゆる展開への対応力だ。 「いい経験になりました」と寿以輝も言ったが、アマ経験なくデビューしたジュニアにとって意義ある12戦目になった。 年内にランキング上位入りして来年にも日本タイトルに挑戦する構想に、寿以輝は「こんな内容では…でも会長に任せています」とだけ言ったが、心配は痛めた左拳の回復だろう。 父も左拳を何度も痛めた経験があるだけに「折れていた方がまだいい。ヒビなら厄介。おそらく疲労骨折。普段の蓄積が薄いグローブを使う試合で爆発したんやろう。できれば、1か月、ギプスをはめて完全に直したほうがええ」と我が子を心配した。 約1000人のファンで埋まったエディオンアリーナの第二競技場は、寿以輝が打っても打たれても異常な盛り上がりだった。倒せなかったが、最後まで倒しに行こうとパンチを出し続けた寿以輝のファイトにファンの気持ちが一体化していた。何度も「世界やぞ!」と声が飛んだ。努力しても得られないカリスマ性だ。 父のプロ12戦目は、眼疾の末、2度目の王座に返り咲いたが、再び網膜に異常がみつかり、当時、網膜の既往症のあるボクサーが日本では試合ができなかったためハワイで行った復帰戦だった。2015年にプロデビューした息子の歩みは、スローだが、父から継承した格闘遺伝子は、少しずつ少しずつ覚醒しつつある。 8月3日は23歳の誕生日。 「嫁からプレゼントに珈琲メーカーを買ってもらいましたわ」 そんなエピソードをさらっと盛り込み、笑いに変えるあたりも、父譲りだった。 (文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)