森田剛の思う“言葉の信用性”「本心は目と言葉に出る」
出陣学徒壮行会の実況シーンに込めた思い
和田信賢が出陣学徒壮行会を実況するシーンは、『アナウンサーたちの戦争』を語るうえで外せない場面のひとつだ。森田自身も「忘れられない、思い出がたくさん詰まったシーンです」と振り返る。 「学徒出陣は、学生たちと本音のやり取りをしたあとの出来事でした。だからこそ、自然と和田さんに近い気持ちになって、撮影に臨めたシーンだったと思います。僕自身は、もっと遠くから撮るシーンだと思っていたんですが、実際には学生たちがすごく近くにいました。普通なら、大きく声を張り上げれば学生たちに届くような距離に和田はいたけれど、でも、必死に叫んでも届くことはないという気にさせられました」 戦争で命を落とした国民のため、当時おこなわれていた「招魂祭」を再現したシーンもある。マイク越しに「母さん」と呼びかける和田の声は、まさにすぐ隣で、魂となったはずの夫や息子から語りかけられているように、深く響く。 「一木さんのこだわりが、とくに強く見えたシーンでした。僕としては、やりすぎでいいや、くらいの感覚だったんです。感情をどんどん声に乗せて、完全に“その人になりきる”つもりで。それこそ和田さんは憑依型のアナウンサーだったと思うので。」
声に説得力を持たせる
森田が演じる和田の声には、説得力がある。聞いていると、この人は本心でこう考えているんだ、という気になる。どのように当時のアナウンス技術をなぞっていったのだろうか。 「92歳の大ベテランアナウンサー、50歳の現役アナウンサーのお二人のもとで、すべてのアナウンスシーンを練習しました。クランクイン前、『森田さんが表現する和田さんでいいんですよ』と言ってもらえて、嬉しかったですね。最低限、当時のアナウンス技術に乗っ取りつつ、でも、和田さんを完コピするのではない。あくまで森田さんの表現でいいんですよ、と言ってもらえたのは、和田さんのアナウンスの真骨頂でもある『自由』を体現しているようにも思えて、演じるうえで自信に繋がりました」 独特の深み、説得力としか言えない磁力のようなものを声に乗せるために、意識したのは「音程、トーン」だという。 「たとえば招魂祭のシーンでは、若くして亡くなった兵士が両親に語りかけるように、17歳くらいの気持ちを意識して、少し高めのトーンに。声の高さや低さ、張り方、あとは声を発しながら目線をどこに向けるかなど、一木さんのこだわりも踏まえながら、やらせてもらいました。」 森田演じる和田の声がリアルに染み渡るほど、かつて日本でおこなわれていた、どうしようもない現実に、言葉がなくなる。森田自身、当時のアナウンサーが感じていたであろう、葛藤や理不尽な思いを表現することに対し「エネルギーが必要だった」と述懐する。 「当時に生きていた人たちみんな、これから戦争が起こるんだとは思ってもいなかったはずですし、この先に何が待っているかなんて、想像もできなかったはずです。でも、現代を生きる僕たちは、どんな悲惨なことが起こるか、そのすべてを知っている。真実に対して集中し、そこに自ら触れていこう、という感覚でいました」 2023年8月に放送されてから、一年越しに公開される劇場版では、描ききれなかった細部まで含め、より深く当時のアナウンサーたちの苦悩が浮き彫りにされている。 当時、オリンピック開催予定地だった場所で、出陣学徒壮行会を開催することの意味。スポーツと戦争が結びつけられる、途方もない違和感。ドラマ版とは違う、新たな『アナウンサーたちの戦争』が、ここにある。