初世吉右衛門の『摂州合邦辻』合邦に思いを馳せて──。中村歌六、秀山祭への意欲を語る
歌舞伎座で来月行われる「秀山祭九月大歌舞伎」[9月1日(日)~25日(水)]を控えた人間国宝の中村歌六が、8月8日に取材会を実施。昼の部で出演する『摂州合邦辻』合邦庵室の場、『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』への意欲とともに、秀山祭への熱い思いを明かした。 【全ての写真】2015(平成27)年歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」『摂州合邦辻』より、合邦道心を勤める中村歌六 開口一番は、「今年も、この公演に秀山祭という名前がつきましたこと、大変ありがたく思っております」──。初世中村吉右衛門の俳名を冠した秀山祭は、その芸と精神を継承することを目的として、生誕120年にあたる平成18(2006)年にスタート。3年前に亡くなった二世中村吉右衛門が中心となって回を重ね、初代ゆかりの演目を様々に上演してきた。今回、昼の部で上演する『摂州合邦辻』で歌六が勤める合邦道心も、初代吉右衛門が度々演じた役柄。歌六自身は、2015年に初めて取り組み、今回が二度目だ。 「もう、教えていただく先輩がいなくなってしまった。昔の記録を調べると、私の祖父(三世中村時蔵)が玉手御前をやっている映像があって、そこで中車のおじさま(八世市川中車)が合邦をされていた(1956年、明治座での公演)。昨年亡くなった市川段四郎さんから、中車のおじが『初代さん(吉右衛門)が好きで、若い頃からずっとよく見て、尊敬して、メモを取って、その芸を忠実に覚えていた』と聞いていたので、それが一番秀山さまに近いのではないか。そこから、他の方のも拝見して、自分なりに組み立てていきました」 義理の息子俊徳丸への邪恋にとらわれた娘、玉手御前を手にかける合邦は、元侍の廉直な僧侶だ。 「この前までやっていた弥左衛門(『義経千本桜』すし屋)では、言うことを聞かない息子を殺し、今度は言うことを聞かない娘を殺す。しかも両方とも“モドリ”がある」。絶命直前の玉手の告白により、玉手が仕組んできた“策”が明らかになり……。「だから、もうちょっと落ち着いて話を聞けばいいのに(笑)! 娘は本当にかわいいんですよね。懐かしさと嬉しさと、複雑な心境になるんでしょう。けれど、仏門に入った人間としては許せない部分がある。でもやっぱり、情のある人ですね」。 一方の『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』は、2016年に歌舞伎座で初演された新作歌舞伎で、原作は夢枕獏の伝奇小説。唐の都、長安を舞台に繰り広げられる若き僧、空海と儒学生・橘逸勢の物語だ。歌六は初演に引き続いて、怪しげな老人、丹翁を演じる。 「飄々として、フラフラしながら何となく生きているけれど、ある時になるとピシっと、筋の通った立派な人に。多面性があるので、作っていくのはなかなか楽しいお役です。劇中劇があったり義太夫が入ったりと、非常に面白いお芝居。お爺さん役がふたつ続く? まあ、最近多いから大丈夫です(笑)。」 話題が再び初世吉右衛門の芸に及ぶと──。 「小さいころによく真似をしていたくらいだから、見ていたとは思うのですが、覚えていないんです。ただ、皆さん『すごいんだから!』『本当にすごいんだから』というので、本当にすごいんだなと──。一緒に撮った写真はあるんです。多分お墓参りで、手を繋いでもらっているのですが、なぜかもう片方の手をポケットに入れていて、これはちょっと失礼すぎると(笑)。でも、見ていた、というのは財産です。覚えていなくても、どこかに何かある。それは、ひとつの財産として大事にしていきたいなと思います」 二世吉右衛門との思い出も、数えきれないほどあるだろう。 「(三世中村)歌六の百回忌があるんだという話を吉右衛門のお兄さんにしたら、『そりゃ、秀山祭でやらなきゃ駄目だよ』と。私風情が歌六の百回忌をさしていただけたのは本当に、もう、お兄さんのおかげ。感謝してもしきれない。秀山祭については、お兄さんはひとかたならぬ思いを持たれていたと思うんです。本当に、身を粉にしてなさっていた。これからもずっと続けていけたら、ありがたいことですね」 そんな思いを胸に、趣の全く異なる2作品にのぞむ歌六。最後は、「全然違う芝居がふたつ並んで面白いから、皆さん、観てください。きっと楽しめます──って書いておいてくださいね」と、茶目っ気たっぷりに笑って見せた。 取材・文:加藤智子 <公演情報> 「秀山祭九月大歌舞伎」 【昼の部】11:00~ 一、摂州合邦辻 合邦庵室の場 二、沙門空海唐の国にて鬼と宴す 【夜の部】16:30~ 一、妹背山婦女庭訓 太宰館花渡し 吉野川 二、歌舞伎十八番の内 勧進帳 2024年9月1日(月)~9月25日(水) ※9日(月)、17日(火) 休演 ※20日(金) 昼の部は貸切。幕見席は営業 会場:東京・歌舞伎座