〈彼らの仕事で新幹線は脈打つ〉”グループ唯一”電気の匠たち
架線に何かあれば列車を走らせる予備の方法はない
昨今、墜落や感電の危険がある高所作業を人型のロボットに代替させる機械化の流れは必然的だ。ただ、仕上げの段階では繊細な調整が必要とされており、熟練者としての技術がやはり求められる。「架線は張ればいいというものではない。たとえば張力を2トンに設定して、線をそれに合わせて圧縮するといった要所要所の作業は人の手でないと」(大橋さん)。 作業開始前、「真剣勝負ですから現場では怒号も飛び交いますよ」と知らされたが、この日の作業は非常にスムーズに進んだ。深夜2時すぎには、各保守車両から「取り換え完了しました」という無線連絡が入ってきた。 でも、「いろいろとトラブルはあります」と大橋さん。今年でいえば台風10号だ。ゆっくりとした速度で東に進んだ。本来なら8月26~27日ごろに通過する予定が9月1日まで延びた。「作業員の手配もそのたびにやり直しです」。米原特有の事情としては雪も厄介な問題だ。深夜に雪が降り積もり翌朝までにラッセル車で除雪する必要が生じると、作業は中止となる。 すべての区間で作業が無事終了し、全員で確認車の通過を待つ。4時2分、上り線路を確認車が通過した。今度は別の確認車が下り線路にやってくる。その前に撤収しなくてはいけない。確認車の通過を見届け、再び連結した7台の保守車両が米原方面に向けて走り去った。そして作業員たちも撤収した。 ただ、大橋さんと立山さんの仕事はまだ終わっていない。始発列車が無事に作業区間を走り抜ける姿を見届けるまでは現場を立ち去ることができない。始発列車が通ってようやく事故なく作業を終えたことが実感できるのだという。 コンピューターなどのシステムは二重系化を施すことで、障害が発生しても支障なく稼働できる。「でも新幹線の架線に何かあったら、列車を走らせる予備の方法はないのです」(大橋さん)。だからこそ、大橋さんや立山さんのような保守作業員の存在は最後の砦なのである。 仕事のない休日、立山さんが家族を乗せてドライブしているとき、車の窓越しに取り換えが終わったばかりでぴかぴかに輝いている真新しい架線が見えることがある。「あれはパパが取り換えたんだよ」。この仕事をやってよかったと感じる瞬間である。
大坂直樹