唯一無二の世界観の秘密は”バランス”。「モノノ怪」生みの親が語る、画作りのコツからアフレコ秘話まで
2006年にフジテレビの「ノイタミナ」枠で放送されたオムニバスアニメ「怪 ~ayakashi~」の一編「化猫」から派生し、2007年にテレビアニメシリーズとして放送され話題を集めた「モノノ怪」。モノノ怪がひき起こす“怪異”が人々に襲いかかる時に忽然と姿を現す、この世で唯一モノノ怪を斬り祓うことができる“退魔の剣”を携えた謎の男・薬売りの冒険譚を描く人気シリーズだ。 【写真を見る】これぞ「モノノ怪」ワールド!劇場の大スクリーンで観たい、豪華絢爛な大奥 完全新作として完成した『劇場版モノノ怪 唐傘』(7月26日公開)では、大奥を舞台に、せつなくも強く魂を揺さぶる”救済”の物語が描かれる。大奥に入ることになった2人の新人女中、才色兼備のアサ(声:黒沢ともよ)と、奔放で無邪気なカメ(声:悠木碧)は、正反対の性格なものの、徐々に絆を築いていく。しかし、情念渦巻く大奥内の権力争い、胸の内に秘め事を抱えた女たちが巻き起こす不穏な動きのなか、やがて悲劇が起こってしまう。モノノ怪を追って大奥にやって来た薬売り(声:神谷浩史)は、その要因を斬り祓うことができるのか? ■「みなさんなりの”マイ・薬売り”なんかを想像してもいいんじゃないかな」 テレビシリーズから17年の時を経てついに完成した本作について、シリーズの生みの親である中村健治監督は「いつか続編をという気持ちはありましたが、もう10数年前の作品なので、実際に動くとなるとかなり大変。ツインエンジンのチームが頑張って制作体制を整えてくれました。整備が整うまでにちょっと時間がかかりましたが、周りの協力があっていよいよ動きだせるというタイミングで『今日から『モノノ怪』に取り掛かって!』という司令があり(笑)、別の作品の企画をやっていた時期だったのですが、その日を境に『モノノ怪』の世界へ…」と企画の始まりを振り返る。 続編を映画で作るという構想は最初からあったわけではない。「最初は配信でいずれテレビでも放送されるかも、くらいの感覚で進めていくなか、舞台は大奥にすることが決まり、テーマも見え、デザインに入り始めたころ、“映画にしたほうがいいんじゃない?”という判断があったんです」。 この“舞台は大奥にする”というアイデアはすぐに思いついた。「パッと浮かんで5分くらいで決まりました」とニッコリ。「将来『モノノ怪』の続編を世に出すならと考えていた、“大奥”ともうひとつのアイデアがあって。大奥のほうが割とクリアに見えました。会議でホワイトボードにイメージのレイアウトを描いて、『カッコよくないですか?』と訊いたら、みんなが『かっこいい!』って。『じゃ、大奥で』という感じで決まり(笑)。それが昨年の2月に解禁されたプロジェクトビジュアルのイメージです」と会議の様子を再現。「もうひとつのネタも完全に残っていて、『唐傘』でやっていないアイデアがいろいろ入っています。いつか出せたら…とは思いますが、『唐傘』までに17年かかってますから(笑)」と期待を込めつつ心境に触れた。 CGと和紙テクスチャを組み合わせた斬新な手法で生みだされた絵巻物のような唯一無二の世界観と、主人公・薬売りのミステリアスな魅力が視聴者を惹きつけてきた「モノノ怪」。映画公開に先んじて配信された特別番組「モノノ怪秘話大公開!スペシャル」では、テレビシリーズの薬売りと劇場版の薬売りは別人であることや、退魔の剣には64の種類があることが判明し話題を呼んだ。「テレビシリーズファンのみなさんは結構、びっくりする情報があったと思います。テレビシリーズ制作時には作ってあった設定を映画のなかでもチラチラ出せるようになりましたし、ただ設定を説明するためだけの作品作りはしない気もするので、機会があれば出せるものは出していく予定です。いま言えるのは、みなさんなりの”マイ・薬売り”なんかを想像してもいいんじゃないかな、ってことですかね。みなさんの妄想が捗る手助けになるとうれしいですね。妄想は監督推奨です(笑)」。 ■「フィクションだけど嘘は描かない」 劇場版は“新生”「モノノ怪」となる完全新作だが、アニメシリーズから大切にしていることは変わらない。「まず、タイムレスであること。トレンドは無理に入れずに普遍性を大事にしています。そして、フィクションだけど嘘は描かないこと。真実味をもって描けないと感じたらエピソードごとまるっとナシにします」とこだわりを語る。「なぜ、モノノ怪が生まれたのかという情念の部分の描き方、観る人の心にどう響くかがとても大事。『モノノ怪』にはファンタジーな設定はあるけれど、割と現実的なお話が描かれています。中二病心にビンビンくるすごく人工的な世界も個人的に大好きなのですが、『モノノ怪』では、半分人工的、半分リアルみたいなバランスを大事にしています」とのこと。この絶妙なバランスこそが『モノノ怪』の唯一無二の世界観を生みだしているのだ。 「『モノノ怪』には普通のアニメーションならば自然にあっていい演出や技術の禁止事項が多く、悩みながら作っています」と語る中村監督。「アニメーションでは写真のような画を目指している作品と絵画のような画を目指す作品がありますが、『モノノ怪』の場合は後者を目指しています。わかりやすいところで言うと、スマートフォンでポートレートモードにして背景をぼかしたりする。あのボケは『モノノ怪』では禁止。いまのトレンドはどちらかというと写真っぽい画のアニメーションなので、『モノノ怪』ではそういった技術はとことん使わないようにしています。現場では『慣れないなあ』という声もたくさんあったけれど、メインで入っているディレクターたちの作品に対する理解度がすごくて。僕が指摘する前に直すというレベルに達しているので、安心して任せられました」。 前作から17年。制作の現場や視聴者(観客)の目も変化している。タイムレスであること、トレンドに左右されないことが「モノノ怪」を制作するうえでのテーマだが、技術面で、いまだから表現できる「モノノ怪」があったそう。「ツールが発展しているし、当然、それを使えるスタッフの数も増えています。作画は圧倒的に昔より細かくなっているし、すごく滑らかです。人物ひとりひとりの所作の表現はとんでもなく豊かになりました。僕がどんな要求をしても、『嘘だろ?』って思うくらいのものが上がってくるんです」と力を込め、クオリティの高さに自信を見せる。「そんな技術を持っている人が、昔の『モノノ怪』を観て『すごい』って言うんです。君たちのほうがすごいだろうって僕は思っていました(笑)。『テレビシリーズが大好きで観ていました』というスタッフがとても多く、向上心や学ぶ能力も高く、もっとよくなりたいという気持ちで溢れている人が多い。そういう意味で、とても健康的な現場でした」と「モノノ怪」愛が詰まった現場だったと解説。 大変な作業でも楽しくコミュニケーションしながら乗り越えられたと充実感を漂わせる。「お客さんが喜んでこそ、というのが大事。甘くするのに砂糖を山盛りにしてもおいしくはならない。ただ甘さをプラスするのではなく、スタバのトッピングのように、シュガーを抜いてクリームで甘みをのせて…と、トッピング感をスタッフで相談しながら制作できたのはすごくよかったです」と笑顔。 ■「この人を見ていれば作品がわかる、そういう人物を描くことが大事」 本作のキャストには、神谷浩史、黒沢ともよ、悠木碧、花澤香菜、小山茉美、梶裕貴、福山潤ら豪華声優陣の名前が並ぶ。「みなさん本当にグレートでした!」と声のボリュームが上がるほど興奮気味で太鼓判。「今回はかなり複雑な作品になりそうだったので、できるだけヒントがあったほうがいい。僕からのお手紙という気持ちで、絵コンテの段階からト書きを入れて芝居や感情の説明をしました。今回は『モノノ怪』過去最大級の規模のスタッフでの制作。お手紙に対しての反応なども追加していくことで、作品がどんどん豊かになっていくのを実感しました。こういった作り方は個人作業でもアニメが作れるかもしれない時代に、集団作業でやる唯一無二の意味かなとも思っていて。“共創”していくという感覚です」としみじみ。 「僕はアフレコ前には長いと1時間くらい、短くても40分くらい、作品説明や人物説明をするタイプ。でも、コロナ禍以降は1回1回それをやることも時間的に難しくて。言い忘れが発生するのを防ぐためにも今回のト書き入りの絵コンテは重要な資料だと思い、北米の作品では絶対にあるストーリーバイブル(物語の起承転結、キャラクター設定などの詳細を記載した資料)を作りました」とのこと。ただ、中村監督の作るストーリーバイブルは、通常のものとはちょっと違っている。 「本来は作品を作る前に作るもの。僕の場合は、作品を作るなかで深まり、答えにいたることが結構あるので、その答えにいたったタイミングで作品のテーマ、全人物の背景の説明、これからどうなっていく人なのかという説明を書き込み、作品に関わる人すべてにお配りしました」と相違点を指摘したうえで、声優陣の芝居に役立ったはずと胸を張る。「役者さんたちの人間性、経験、解釈やこだわり。そういうものが渾然一体となって、一言も集中力が切れていなかったです。名ピアニストがたくさん来て、演奏の仕方を相談して選ぶみたいなアフレコでした。お渡ししたもので考えてもらって、そこから醸しだされた“言霊”みたいなものをいただく感じ。時にはいただいた意見で、『絵を直しちゃおうかな』となることもあったりして。アフレコが進むと、お芝居が重ねられていく。入っている声を聞いた人がアンサーを返していく。その積み重なっていく過程は本当に素敵で、ドキュメンタリーを撮ってほしいと思ったくらいです!」と笑顔が弾ける。 「大奥に派遣されたお目付け役の三郎丸を演じた梶さん、平基役の福山さんはずっとご一緒したかった方。アフレコの時にそのまま『ずっと仕事したかったです!』という愛を叫んじゃいました(笑)。アサ、カメの先輩女中である麦谷を演じたゆかなさんには、『モノノ怪』とはなんぞやというのを語り継いでほしいという想いでオファーしました」と声優陣への想いも明かす。「本当にうまい声優さんしかいなくて、複雑なお話なのにアフレコはすぐに終わりました。黒沢さん、悠木さんはオーディションの時から説得力があって、『もう決まりでしょ』って言葉しか出てこなかったし、本作のキーマンである、北川役の花澤さんはみんなが“困った時の花澤さん”って言ってるのが納得のお芝居でした。薬売りを演じた神谷さんにいたっては一瞬でアフレコが終わっちゃいました。アフレコ前に作品について、薬売りについてかなりいろいろとおしゃべりをしたので、本番時にはもう仕上がっていた感じです。みなさん、本当にすごいです、ヤバいです!観れば理解してもらえるはず!」と念押し。 さらに主題歌「Love Sick」を担当するアイナ・ジ・エンドについては「いい意味で闇を感じる声。加工感を出さずに、アイナさんの魅力的な声、細かいかすれを入れてほしいとリクエストしました。『モノノ怪』はどれだけ画面が綺麗でも基本“闇ってる”、闇が大事なプチメンヘラ作品。そういうところにすごく合っている曲と声でかなり気に入っています!」と大満足のようだ。 モノノ怪を斬り祓うことができる、薬売りの持つ”退魔の剣”の封印が解かれるには、“形”“真” “理”の3つが揃うことが必要だ。中村監督がアニメ制作で必要だと思う3つは「テーマ、作品を象徴する人物、ほかの作品と差別化できるアイデア」だそう。「主役を描くのではなく、この人を見ていれば作品がわかる、そういう人物を描くことが大事。その人が作品独特のアイデアや、テーマと響き合っているかどうかを表にしてチェックするようにしています。企画を作る時はその表でバランスを確認しながらやっています。僕ってバランスばかりとっているかも(笑)」と笑いながらも、欠かせないことだと強調した。17年の時を経て、中村監督と、作品への愛があふれるスタッフたちが作り上げた『劇場版モノノ怪 唐傘』の根底にも、必ずこの3つを感じられるはず。こだわり抜かれたストーリーテリングと映像美、豪華声優陣によって唯一無二の作品に昇華させた本作を、大スクリーンで堪能してほしい。 取材・文/タナカシノブ