「特一」3万棟、改修2棟のみ 26人犠牲のクリニック放火から3年
大阪市北区の心療内科クリニック放火殺人事件後に、防火設備の改修費補助制度を使って改修された建物が2棟にとどまっていることが、消防庁や国土交通省への取材でわかった。現場のビルには避難できる階段が一つしかなく、被害が拡大した。同様の建物は全国に約3万棟ある。 【写真】あの日、娘はクニリックに行った 事件は2021年12月17日、8階建て雑居ビル4階で発生。非常口の階段付近で放火され、患者らは階段のない室内奥へ向かい逃げ場を失うなどして、26人が犠牲になった。死因は一酸化炭素中毒だった。容疑者も死亡した。 地下や3階以上に不特定多数が出入りし階段が一つしかない建物は「特定一階段等防火対象物」(特一)と呼ばれる。事件現場のビルが建てられた後に定められた現行の建築基準法施行令では、不特定多数が出入りする建物には二つ以上の避難経路の確保が原則義務付けられている。 事件を受けて、国交省は2023年4月、防火設備の改修費を国や自治体が補助する制度を設けたが、改修されたのは大阪市と京都市の計2棟のみ。専門家や自治体関係者によると、改修工事でテナントの営業に支障が出るといった所有者側の懸念や、特一のリスクの認知不足などが背景にあるという。 44人が死亡した01年の新宿・歌舞伎町の雑居ビル火災の現場も避難できる階段が1カ所しかなく、消防法で特一が定義されるきっかけにもなった。東京消防庁によると、東京都新宿区には888棟の特一があり、歌舞伎町にはそのうち215棟が集まる。 ただ、区は補助制度の導入には慎重な立場だ。区の担当者は、改修工事はテナントの営業に支障が出るほか、ビル密集地で大規模工事はしづらいと説明。「改修は義務ではなく、ビル所有者からすれば、利益損失を考えた際のハードルが高い」と話す。(田添聖史)
朝日新聞社