【解説】トランプ2.0に揺れるアジア新興国、東南アジアとインドの対応、日本の役割とは?
トランプ元大統領のカムバックは世界を揺るがしている。その荒波は欧州や中東のみならずアジアにも及ぶ。特に焦点が当たるホットスポットは北東アジア(中国、台湾、朝鮮半島および日本)であろうが、東南アジアと南アジアへの影響も見逃すことはできない。いずれも日本の「自由で開かれたインド太平洋」政策にとって要といえる地域であり、海外展開する多くの日本企業にとってもビジネス上重要なところである。そこで本稿は、トランプ2.0がアジア新興国、とりわけASEAN諸国とインドに対して与える影響について考察を述べる。 【画像】【解説】トランプ2.0に揺れるアジア新興国、東南アジアとインドの対応、日本の役割とは?
東南アジアへの関与の後退
まず政治外交面では、トランプ次期政権にとってのアジアにおける最重要アジェンダは中国との戦略的競争である。この政策課題は第1期政権のときに鮮明に打ち出され、バイデン政権も継承し、さらに推し進められた。しかしバイデン政権が同盟国や友好国との連携を重視し、多国間の枠組みで中国への対抗を強化したのに対し、トランプ氏にはそもそも同盟や他国とのパートナーシップを活用するという意識が希薄である。 バイデン政権はトランプ第1期政権が脱退した環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に再加入することはなかったが、インド太平洋経済枠組み(IPEF)を立ち上げ、インド太平洋諸国との連携を図った。しかしトランプ氏はIPEFを「TPP2」と呼び、就任初日に脱退すると宣言している。おそらく中国に対しては、もっぱら米国単独でその台頭を抑えつつ、アジア諸国に対しては必要に応じ対中技術規制などへの協力を要求するというアプローチをとるだろう。 このようなトランプ氏のアプローチは、政治・安全保障面において、米国の東南アジアへの関与の後退を招く恐れがある。そもそもトランプ氏はおそらく東南アジアにほとんど関心がなく、第1期政権のときに目立った言動はベトナムとの貿易不均衡を問題視したことぐらいである(この点については次項で述べる)。 ASEAN首脳会議関連会合にも就任1年目の2017年に出席しただけで、その後は退任するまで欠席を続けた。東南アジアからみれば、バイデン政権の関与も物足りなかっただろうが(バイデン大統領も2023年と24年のASEAN首脳会議関連会合には欠席した)、それでも米国は特にベトナムとフィリピンを重視し、これらの国々との間では首脳会談を重ね、政治経済両面での関係強化に努めた。 特にフィリピンは南シナ海の領有権問題をめぐって中国と激しく衝突したが、バイデン政権は米比相互防衛条約の発動を示唆し、米国がフィリピンで使用できる基地を9カ所に増やすなど、フィリピンへの防衛協力(および台湾有事への備え)を大幅に強化した。トランプ氏がここまでフィリピンへの支援を積極的に推進するかといえば、そこには不透明感が漂う。 東南アジア諸国は、かねてから米国と中国のどちらかを選ぶという外交方針をとることはなく、国によって程度の差はあるが、双方との関係のバランスをとりながら実利を追求してきた。その方向性が変わることはないだろうが、トランプ次期政権において米国の地域への関与が弱まることを考えれば、これまで以上に中国との関係強化に傾く可能性は十分にある。 昨年、タイ、マレーシア、それにこれまで慎重な姿勢を示していたインドネシアが相次いでBRICSへの加盟申請を表明したが、これはこうしたトレンドを示唆する動きといえる。昨年のISEASユソフ・イシャク研究所のASEAN加盟国の識者等への調査によれば、「米国より中国を選ぶべきだ」との回答が50.5%に上り、米国(49.5%)を上回った。 中国を選ぶという回答が大きく上昇したのはインドネシア、マレーシア、ブルネイというイスラム教徒が多い国々であり、2023年10月から始まったイスラエルとハマスの紛争の影響が大きいと考えられるが、米国から距離を置こうとする一つの兆候として留意すべきだろう。 もっとも、トランプ氏個人の東南アジアへの関心が乏しくとも、政権としては地域への関与を大きく後退させない可能性もある。アジアの専門家や外交問題に通じた政治家の多くは、対中戦略を有効に進める上で東南アジアは重要な地域とみており、こうしたポリシーメーカーが政権入りすれば、閣僚や幹部レベルでASEANや各国との協力を進めることが予想されるからである。 この点については、かねてよりアジアでの同盟国・友好国との協力を強く主張してきたエルブリッジ・コルビー氏が国防次官(政策担当)という要職に指名されたことが注目に値する。マルコ・ルビオ国務長官やマイケル・ウォルツ国家安全保障担当大統領補佐官も、これまでアジアとの関わりが深かったわけではないが、外交・安全保障の知見が深く、同盟国との関係を重視する対中強硬派として知られる。トランプ氏個人に関心がなければ、東南アジア外交がこれらの政府高官に任されることで、実務レベルで安定的な関係の発展がもたらされるかもしれない。