保守派の国際的「知の拠点」を目指すハンガリー
「オルバーン首相は偉大な指導者であり、素晴らしい指導者だ」1――11月5日の米大統領選で再選が決まったドナルド・トランプ次期大統領が、2024年3月にハンガリーのオルバーン・ヴィクトル首相と会談した際に述べたこの発言は、その後の選挙戦でも繰り返し言及され、トランプ氏にとってオルバーン首相が大きな存在感を持つことが示された2。 2020年の選挙戦ではほとんど取り上げられなかったオルバーン首相が、なぜ2024年にここまで頻繁に言及される存在となったのか。その背景には、オルバーン政権が国際的な保守派との関係強化に積極的に取り組んできた経緯がある。 11月の米国大統領選挙に際して、欧米の大手メディアでは、オルバーン政権とトランプ陣営、さらには米国保守派との関係に関する分析や報道が相次いだ。これらの報道や発言を整理すると、オルバーン政権は伝統的な家族の価値観を訴えるキリスト教主義や、グローバリゼーションや地域統合に対抗し自国の主権と利益を優先する主権主義といった保守的理念を掲げ、国際的な影響力を拡大しようとしていることがうかがえる。本稿では、国際会議の主催やシンクタンクとの連携、そして選挙戦略を通じて、ハンガリーがどのように保守外交を展開してきたかを整理する。 「オルバン・ハンガリー」と共鳴する米「親トランプ保守」「マジャル現象」は保守をもって保守を制するか:オルバーン政権のスキャンダルと保守新党台頭の行方
ハンガリー主催の保守系国際会議
ハンガリー保守派が米国へのアプローチを本格化させたのは比較的最近のことである。以前は在米のハンガリー系団体やロビイストを通じて支援を得ていたが、2019年5月にオルバーン首相とトランプ大統領が首脳会談を行ってから、オルバーン政権およびハンガリー保守派は米国の保守派層へのアプローチを積極的に進めるようになった3。 2019年の首脳会談において、当時のトランプ大統領はオルバーン政権の移民政策やキリスト教の価値観を称賛し、「移民問題に関して正しいことをした」、「キリスト教コミュニティーに対して素晴らしい対応をしてきた」などと述べた4。これをうけて、ハンガリー政府は同年9月に「Budapest Forum for Christian Communicators」と称する、キリスト教の価値観やジャーナリズムの在り方について議論する国際フォーラムを主催した。 ブダペスト欧州大西洋統合民主主義センターのシニアフェローであるイノタイ・エディットは、この会議を「(オルバーン首相が掲げる)「非自由主義」を新たなキリスト教民主主義運動として再定義し」(括弧内は筆者補足、以下同様)、オルバーン首相率いるハンガリーを「キリスト教の価値観の擁護者として描こうとするオルバーン政権の試み」であると分析する5。この会議に参加していた保守系雑誌『アメリカン・コンサーバティブ(American Conservative)』編集長ロッド・ドレーアー6によれば、オルバーン首相は会議の場で「ブダペストを(キリスト教保守派の)知の拠点と考えてほしい」と訴えたという7。 2020年以降、パンデミックによる一時的な中断を経たものの、ハンガリーは米国の保守派へのアプローチをさらに強めていった。2022年には、ハンガリー政府系シンクタンク「基本的人権センター(Center for Fundamental Rights) 」の主催により、米国の保守派による大規模集会「保守政治活動会議(CPAC)」がハンガリーの首都ブダペストで開催された。 CPACは米国外でも開催されることがあり、例えば日本では2017年以来毎年実施されているが、欧州での開催はハンガリーが初めてかつ唯一の国である。ハンガリーでのCPACは2022年以降毎年開催されており、これまでにヤネス・ヤンシャ元スロベニア首相、アンドレイ・バビシュ元チェコ首相など欧州の保守派リーダーに加え、トランプ政権下で首席補佐官を務めたマーク・メドウズ、元FOXニュースのタッカー・カールソンら米国の共和党要人やジャーナリストも集結した。 2024年のハンガリーでのCPACにおいては、トランプ前大統領(当時)からのビデオメッセージも公開された。トランプは「米国大統領として、オルバーン首相とともに両国の価値観と国益を推進できたことを誇りに思う。不法移民の取り締まりを強化し、国境を守り、雇用を創出し、また伝統的価値観およびユダヤ・キリスト教的価値観の擁護に取り組んだ」と述べるとともに、「私が第47代アメリカ合衆国大統領の就任宣誓式を終えた後には、再びオルバーン首相と緊密に協力していく」と表明した8。米誌『ナショナル・インタレスト』のジェイコブ・ハイルブルン編集長は、2024年のハンガリーでのCPACを「聴衆の中には、オルバーンとトランプを『世界の救世主』として描いたTシャツを着ている者もいた」、「米国の右派ポピュリスト・ナショナリストと欧州右派の(中略)驚くべき絡み合いを目撃」したと振り返った9。 ハンガリーのCPACでの演説において、オルバーン首相は自国の保守戦略や思想を繰り返し宣伝している。2022年の演説では、メディア戦略やネットワーク構築の重要性などを含むハンガリー流の「保守プレーブック」を披露し10、2024年の演説では、リベラル派のメディアによって保守派は「攻撃」をうけているとして、リベラルなエリートが共産主義者と同じ手順で国家機関を抑圧の道具に変えていると主張した11。このフォーラムは、ハンガリーが欧米の保守派とのネットワーク拡大を通じてオルバーン政権の主張を広げるための一つの重要な場となっているといえよう。