災害大国「二重ローンを防ぐ」債務整理ガイドライン
大規模災害で被災すると、自宅を失ったり収入を断たれたりして住宅ローンの返済ができなくなるケースがある。過去の災害ではローンが残ったまま新たなローンを抱える「二重ローン」が社会問題となってきたが、2016年に生活再建に向けた債務整理ルールの運用が始まり、24年1月に発生した能登半島地震でも適用されている。日本は災害大国。万一のために正しく内容を知っておきたい。【毎日新聞経済プレミア・渡辺精一】 ◇2016年にスタートした民間自主的ルール 日本では、地震や津波、風水害など大規模災害がたびたび起きている。被災して財産や仕事を失うと、住宅ローンや事業性ローンの返済が困難になることがある。 返済に行き詰まった場合、債務を整理するには、自己破産や個人再生などの法的手続きがある。だが、債務の清算で手元資金を失い、個人信用情報に登録されて新たな借り入れもできなくなるため、生活や事業の再建は難しくなりがちだ。 そこで、15年末に民間の自主的ルールとして「自然災害債務整理ガイドライン」がまとめられ、16年4月から適用されている。 債務者が一定の要件を満たした場合、法的手続きではなく、銀行などの金融機関との話し合いによって、ローンの減額や免除を受けることができる仕組みだ。 利用できるのは、災害救助法が適用された大規模自然災害で、ローン返済ができないのが確実と見込まれる個人。銀行など債権者にとっても法的手続きよりも回収が期待できることなどが条件となる。 ◇手元資金を残して再建への足がかりに ガイドラインを利用するメリットは大きく三つある。 第一に、個人信用情報として登録されないため、新たな借り入れには影響がない。 第二に、財産の一部はローン支払いに充てずに手元資金として残すことができる。 被災や生活の状況により異なるが、借金が資産額を上回る破産状態であっても、目安として500万円の現預金を手元に置くことができる。これとは別に、地震保険の保険金(最大250万円)や被災者生活再建支援金なども確保できる。これらは生活再建への足がかりになる。 第三に、弁護士など「登録支援専門家」のサポートを無料で受けることができる。登録支援専門家は、利害関係をもたない中立かつ公正な立場からガイドラインに基づく手続きを支援する。 ガイドラインを利用する場合は、まず、最も多額のローンを借りている金融機関に申し出る。同意が得られれば、地元の弁護士会などを通じ、ガイドライン運営機関に登録支援専門家の支援を依頼できる。 こうして、支援を受けながら、申出書や財産目録などの必要書類を作成し、金融機関に債務整理の申し出を行うという流れだ。 ◇阪神大震災と東日本大震災の教訓 このガイドラインができるまでには、長い道のりがあった。 過去の大規模災害では、住宅を失っても住宅ローンが残り、生活再建の妨げになることが問題になってきた。自宅再建のため、やむを得ずに新たな住宅ローンを組む「二重ローン」の悲劇を生んできた。 二重ローン問題は、1991年の雲仙普賢岳の噴火災害で指摘され、大都市の直下型地震となった95年の阪神大震災では、住宅ローンを抱えたまま家を失ったケースが約1万5000件にのぼると推計されるなど、クローズアップされた。 住宅再建の公的支援が議論になり、98年には「被災者生活再建支援金」制度ができている。現在は全壊で最大100万円、住宅を再建する場合には最大200万円が加算される。 しかし、二重ローンについては、私有財産の保全は自助努力であるという法的扱いが壁になった。政府は「住宅ローンなどの債務は被災を理由に減免されない」とする見解を貫き、公的支援では、新たに住宅ローンを組む人に自治体が利子補給するにとどまった。 転機となったのが11年3月に発生した東日本大震災だ。 複合的な大災害となり、政府は、震災復興には二重債務への対応が必要だとする方針を示した。これを受け、全国銀行協会が事務局となり、同7月に被災者の債務の減額や免除を認めるための「個人版私的整理ガイドライン」を取りまとめた。 個人版私的整理ガイドラインは、周知不足や使い勝手の悪さから、当初1万件以上の利用を想定しながら、最終的に1373件の利用にとどまった。 しかし、二重ローンは復興の妨げになるという問題意識は浸透し、新たな枠組みとして「自然災害債務整理ガイドライン」を取りまとめた。16年の熊本地震や18年の西日本豪雨などで利用され、20年には新型コロナウイルス感染症にも特例として適用を広げた。 ガイドラインで注意したいことは2点ある。 ひとつは、大規模災害の被災者がすべて適用になるわけではないことだ。自然災害に限れば、24年9月時点で、登録支援専門家に手続きを求めた1394件(手続き中167件)に対し、債務整理が成立したのは598件にとどまる。 債務整理は、債務者の資産や収入、ローンの支払い条件などから総合的に判断する。日本弁護士連合会によると、年収730万円以上の債務者は、特段の事情がない限り「支払い不能ではない」とみなす運用がされている。 もうひとつは、ガイドラインはあくまで民間の自主的ルールであり、法的拘束力はないことだ。債権者の同意がなければ成立はしない。 ただし、過去の災害で、被災者が二重ローンを抱える悲劇があり、それを教訓に長い年月を経てガイドラインが一定のセーフティーネットとして成り立っていることは重要だ。 大規模災害でも、被災者がガイドラインの存在を知らず、金融機関にローンの一部条件変更(リスケジュール)を求めてしまうことも少なくないとされる。万一に備え、制度については正しく理解しておきたい。