クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。/『リスペクト ─R・E・S・P・E・C・T』
街や住宅を「投資の対象」とみなす思考に「尊厳」で抗う
先日、久しぶりに地元に帰ったら、新しいタワーマンションがボコボコ建っていた。私が呆気にとられていると父は「高層階は外国の富裕層が買い占めているらしいぞ」と言った。その噂の真意は定かでないものの、ネットニュースでよく見るような話が我が地元でも起きているのだなと思った。 小野寺伝助さんの読書案内「クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。」 日本人の平均賃金はこの30年で変わらず横ばいで、人口減少に伴って空き家も増えている。それなのに住宅価格は高騰し続けている。東京23区内の新築マンション価格は平均1億円を超えるとか。「そんなん誰も買えないっしょ…」と思いきや、あちこちにボコボコとマンションは建って、バンバン売れていくらしい。 これつまりは格差がどんどん広がっているってことで、富める者はさらに富み、弱き者は自己責任で切り捨てられる新自由主義が加速度を増してるってことなんだろう。 街や住宅を「生活の場」としてでなく「投資の対象」としてしか見ないクソみたいな思考と行動が住宅価格を吊り上げ、それに連動して賃貸住宅の相場も上がる。 勘弁してくれよ。と、一般庶民の私はウンザリする。 そしてこの潮流は日本だけでなく世界の都市でも進んでいて、行政や巨大資本による街の再開発に伴って住宅価格が高騰し、住み続けることができなくなった貧しい人々が追い出されていく現象をジェントリフィケーションと呼ぶ。 反権力のパンクスはもとい、都市で生活し街の文化を愛する人々は、街をビジネスや投資の対象として吸い尽くすこのジェントリフィケーションに抗う必要がある。 そのための指南書的な小説が「リスペクト ─R・E・S・P・E・C・T」だ。 本書は2014年にロンドンで実際に起きた市民運動をモデルにした小説で、主役はジェントリフィケーションの煽りをくらったシングルマザー達。理不尽な理由でロンドンの住宅から退去することを迫られたことに反抗し、連帯して立ち上がり、共感が広がって大きなうねりとなり、やがて行政を動かし、自らの住む場所を守り抜く、というのが話の筋だ。 本書においてキーワードになっているのは「自分たちでやってやれ」というDIY精神と、「仲間と連帯して助け合う」相互扶助の精神だ。 この2つはパンクスが古くから掲げてきたテーマでもある。政治や経済、社会システムといった巨大なものを前に「自分ではどうにもできない」と諦め、無思考に陥り、無関心を決め込むのではなく、問いを立て、自分の頭で思考して、反抗する。何かに頼るのではなく、上にお願いするでもなく、できることを自分でやる。そして、志を同じくする仲間と連帯して助け合う。 本書の中で、こんなセリフが出てくる。 「自然にまっとうに自分たちでできることを、できないって思い込めば思い込むほど、支配する者たちの力は強大になる。(中略)そうやって権力は、俺らが、つまり人間が本来持っている力を削いでいくんだ」(P.154) これは肝に銘じたい言葉だ。 権力に支配されず、自分のまま生きていくためには「自分にはできない」と思い込んでいる物事を点検し、「自分にもできそう」「自分でやってみたい」という領域をコツコツと増やしていくことだ。 それは何も社会システムを変えようみたいな大きなことでなく、例えば本書では「壊れたトイレの修繕を自分達でおこない、その方法をみんなにシェアする」みたいなことが象徴的に描かれたりしている。それなら「自分にもできそうだな」と思えるようなことだ。暮らしの小さなことも、反抗に繋がっていく。 再開発が進む街にウンザリしたり、高すぎる住宅価格に途方に暮れたりもするけど「自分にはどうにもできない」と思い込むのはやめて、街で暮らす生活者の一人として考え続けたいと思った。