中村彝像 25年1月引っ越し 没後100年記念 茨城県近代美術館敷地内 「アトリエ」近く
茨城県水戸市出身の洋画家・中村彝(つね)(1887~1924年)の没後100年を記念し、ザ・ヒロサワ・シティ会館(同市千波町)の入り口に設置されている彝の銅像が来月6日に、隣接する県近代美術館敷地内の「中村彝アトリエ」近くに移設されることになった。クラウドファンディング(CF)を活用した同館運営支援協議会による環境整備事業の一環。移設後はアトリエと一体化して管理され、彝の画業や生涯をよりリアルに追体験できるスポットして期待される。 彝像は、彝の芸術を顕彰しようと没後に有志らで組織された「中村彝会」が資金を募り、それを県に寄託して1968年に建立された。同協議会事務局長の金沢宏同館副館長は「事業は彝と親交のあった人たちによって遂行され、県費(税金)は使われなかった。いわば〝昭和版CF〟が行われていたことになる」と説明する。同館によると、約450万円が寄せられ、このうち約270万円が制作費に充てられた。 タイトルは「中村彝君像」。制作した彫刻家の堀進二(1890~1978年)は、彝より3歳下で、明治末に太平洋洋画研究所(東京)で彫塑のほか、彝らとデッサンなどを学んだ。第9回文展(15年)で褒状を受賞、以後同展で3回連続で特選を受ける。戦後は、第3回日展(60年)出品作の「人海」が日本芸術院賞の栄誉に輝いた。 彝像は、第64回太平洋美術展(67年)に出品した塑像を原型とし、中村彝会の依頼でブロンズ鋳造した。原型は同館で収蔵されている。像本体の高さは約1.3メートル。対象を見つめ、今にも筆を動かしそうな姿からは、彝の創作への熱い思いが伝わる。 CFは、同館の「没後100年中村彝展-アトリエから世界へ」(来年1月13日まで)に関連し、6月中旬から8月上旬にかけて実施された。寄付金は目標額の800万円を大きく超え、最終的に1081万5000円が集まった。これまでにアトリエ周辺の環境整備を目的とした木々の伐採や剪定(せんてい)、彝の芸術を発信する高校生特派員事業などに充てられた。 金沢副館長は「CFに協力いただいた方々に深く感謝します。彝像がアトリエ近くに移設されることで、画業や生涯をよりリアルにたどれるスポットとなる。没後100年展の鑑賞と併せて、ぜひ足を運んでいただければ」と話した。
茨城新聞社